『風と土の秋田』藤本智士さん|本を読んで、会いたくなって。
日本が今後考えるべき、本当の豊かさとは。
撮影・森山祐子
日本のいろいろな地方を回り、そこにしかない価値を発見して企画化する季刊誌『りす』の編集長だった藤本智士さん。本書はその延長線上ともいえる、秋田県が発行していた伝説的フリーマガジン『のんびり』のダイジェスト版だ。
「のんびりしているんですよ、秋田は。少子高齢化や人口減少はナンバーワン。経済指標のランキングでいうと確かにビリのほうです。でも、それって、僕には豊かさの証しに思える。 “のんびり” さゆえにビリと言われているけれど、“Nonビリ”、ビリじゃないよと、ダブルミーニングをこめました」
数少なくなったマタギへのインタビューでは、獲物は「授かる」もので山に入ったみんなで平等に分け合う「マタギ勘定」という考え方に共感。未来を見据えた酒造りに取り組むベテラン杜氏や酒蔵の若きオーナーの挑戦には心動かされる。昭和初期に標準語を徹底指導してきた小学校の卒業生へのリサーチでは、その教育がかえって方言に誇りを持たせていたという事実になるほどと気づかされる。
「民俗学的なアプローチでフィールドワークをやっている気持ち」という取材は、ある意味いきあたりばったり。企画意図と答えを先に用意した予定調和の取材と違い、質のいいドキュメンタリーのよう。
「取材の時は、奇跡を起こす仕掛けしかしていないんです。それは、余地があるということ。所詮、僕の脳みそで考える設計図なんて、現実は余裕で超えてきますから。行ってみないとわからないという状態でスタートするのは、考えるのを放棄しているのではなく、それだけ真摯に対象に取り組んでいるつもりなんです」
組織が大きい東京の雑誌では、逆にむずかしい方法論といえる。
「僕にとってはローカルから発信することに意味があったから。地方のほうに勝ち目があるとしたら、と考えた時、必然的にこの形に。チームがミニマムなので全員で取材にあたるのも、コンセンサスを取るのも容易。『こう思っていたけど、やっぱり変える!』と周囲に伝えれば、もうOK。このフレキシブルさがローカルの強みです」
タイトルには「秋田」とあるが、藤本さんの思いは全国区。
「秋田だけに宝物が特別たくさんあるわけではありません。どこの地方でも、誇りを持ち意識を変えることができる。単行本化されたことで、きちんと読み継がれていくものになって、ちゃんと自分事として読んでくれる若い人とも出会えた。それがうれしいですね」
リトルモア 1,600円
『クロワッサン』963号より