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【紫原明子のお悩み相談】夫の愚痴を息子につい聞かせてしまいます。

『家族無計画』や『りこんのこども』などの著書があるエッセイストの紫原明子さんが読者のお悩みに答える連載。今回は夫の愚痴を子どもに漏らしてしまう母からの相談です。

<お悩み>
はじめまして。いつも楽しいエッセイを拝見しています。 悩みは、小学5年の息子に夫の愚痴を言ってしまうことです。

夫は仕事人間で基本的に自分のことしか考えておらず、息子とも幼少時から向き合ってきませんでした。生活面も非常にだらしがなく、部屋を散らかしお風呂にもほとんど入りません。そして精神年齢も幼く、勝手気ままな行動をして私と息子であきれるといった感じです。

こちらが意見などを言うと子どもっぽく逆上して暴言を吐くので、もう放置しています。よくネットで見かける、夫にうまいこと言っておだてて改めてもらうというのは何度も試しましたがダメでした。根っからのだらしなさはそんなものでは直りません。 ただ、周りに関心が無いぶん、基本的には優しいですし、息子の教育方針にも金は出すが口は出さず、息子を信頼している様子なので助かっています。 でも息子には夫のようになってほしくないのです。特に生活面では。

夫がだらしないところを全開にしていると(髪の毛を洗って洗面所の排水溝を髪の毛で詰まらせるなど)、「こういうところパパはだらしなくて本当に良くないよね。疲れちゃう」などと息子に向かって言ってしまいます。息子は「げー」とか「それは嫌だ」と反応したり、やれやれといった表情をしています。良くないのはわかっているんですが、わたしが黙って過ごしていたら「ああいう人間でも大丈夫なんだ」と認めていると息子に思われてしまうと困ると思い…。

もう息子には伝わっているだろうから、愚痴は終わりにした方がいいのだろうとは思うのですが…私の気持ちの持って行きかたなど、柴原さんのアドバイスをいただけたらと思います。 どうぞよろしくお願いいたします!(相談者:コクワガタ/女性/教育機関で事務をしている40代半ばのパート主婦です。小学5年の息子がいます。)

紫原明子さんの回答

コクワガタさん、こんにちは。旦那さんの愚痴を、息子さんについ言ってしまうというのが今回のお悩みですね。

お手紙によると、コクワガタさんの旦那さんは自分のことしか考えておらず、だらしなく、精神年齢が幼く、勝手気ままな行動をして息子からも呆れられる人とのこと。さらに、意見されると逆上して暴言を吐き、息子にはとても夫のようになってほしくない、と。しかし一方でいいところもあり、それは他人に関心がない分優しく、息子を信頼し、教育に金を出すが口は出さないところ……ということで、少なくともこのお手紙の中では、旦那さんが人間として意志を持ち自発的に行う行動については“お金を払う”という一点を除いて、何一つ評価されていないことが伺えます。

私は、必ずしも親が子どもに立派な姿だけを見せるべきだとは思わないのですが、愚痴を言う状態が慢性化してしまうというのはさすがによくないような気がします。というのも、愚痴を言うというのは、自分の不幸や報われないことを嘆くことで、お母さんの愚痴を聞かされる息子さんというのは、お母さんの慢性的な不幸を見守り続ける息子さん、ということになります。おまけにその元凶が自分のお父さんにある。もしかしたら先々、息子さんははたと疑問に思うかもしれません。

「お母さん、そんなお父さんとなんで離婚しないの?」

もしこう尋ねられたら、なんて答えますか?「あなたの生活のために我慢してるんだよ」と答えます? だとすると息子さんは、愚痴を聞かされ、母親の不幸の原因まで負わされ、二重に損な役回りです。

家を散らかしたり、身勝手に振る舞ったり、注意に激昂したりというのはたしかに旦那さんの落ち度ですが、旦那さんの人格がそれほどまでに救いようがないのであれば、すぐにとは言わずとも、離婚を検討したって良いでしょう。また、別れるほどではないのであれば、この選択をしたのは自分と、腹をくくり、変えられないことについては諦め、変えられるところで充足させていく。そんな風に、何かしら現状を改善するために働きかけることが必要だと思うんです。なぜなら、自分を不幸な状態に留めていることへの責任というのは、基本的には他でもない、自分自身にあるからです。

お子さんは小学5年生ということで、結婚されてから10年以上は経過されているのでしょうか。きっとその間、コクワガタさんと旦那さんとの間では実にさまざまなやりとりが交わされ、その都度、落胆や失望が繰り返されてきたのでしょう。旦那さんの暴言によって、コクワガタさんが深く傷つくことだって、きっと一度ならずあったのでしょう。その逆もまた、あったかもしれません。しかしいただいたお手紙を拝見していると、おそらく現在、コクワガタさんと旦那さんの間では、日常的にほとんど会話をされていないのではないかと感じました。

そんな中、息子さんはとても良い子に育っているんですね。コクワガタさんがつい漏らしてしまう愚痴に、大人のように共感的な反応を返してくれる。
……もしかすると、だからこそ愚痴がやめられないのかもしれません。

もし家庭の中で、旦那さんとの会話がすっかりなくなってしまっているとすれば、コクワガタさんの話し相手は自ずと息子さんだけということになります。息子さんに愚痴を聞いてもらうことを通して、自分が理解され、受け止められるという実感を得られる、ご自身が救われた気持ちになるところが、少なからずあるのではないでしょうか。

で、さらにさらにもしかすると、愚痴を言うことにおける真の目的は、今やそんな風に、他者に受容される、という方に移っているという可能性はないでしょうか。旦那さんの具体的な行動をあれこれ非難したいのでなく、自分自身が息子さんに共感され、受け入れられる心地よさ、安心感のために、息子さんとの共通の敵となっている旦那さんを、無意識に利用してしまっている、ということはないでしょうか。ぜひこのあたりを一度、ご自身に問い直してみていただきたいのです。

で、仮にもしそうだったとしても、誰もが皆そうです。私達は皆、自分に共感し、自分を受け止めてくれる他者に依存して生きていますので恥ずかしいことはなく、必要なことなんです。ただ、最初の方でも書いたとおり、息子さんは旦那さんの息子さんでもあるし、また将来はいずれコクワガタさんのもとを巣立っていく存在でもあるため、もし、そんな形で受け止めてもらえる相手が息子さんだけしかいないのであれば、それはあまりよろしくないようにも思えます。

そこで一つ提案なんですが、もし旦那さんとこれからも別れるおつもりがないのであれば、毎日1分程度でも良いので、注意でも、苦言でもない、ただの会話をする時間を作ってみてはいかがでしょうか。旦那さんの目の前にしっかりと腰を据えて、顔を向き合わせて「今日はどんな一日だった?」「忙しかった?」と、いくつか質問を投げかけ、旦那さんの話に耳を傾けてみる。その上で最後は「大変だったね」とか「それは疲れたね」と、まずはこちらから共感を示す。で、続けて今度はコクワガタさんが「私は今日、こういう一日を過ごしたよ」と、やはり注意でも苦言でもない、できれば愚痴でもない、一日の報告をする。旦那さんがコクワガタさんにならって共感を示してくれるようになる……かどうかは微妙ですが、それでも、こういうことを繰り返しながら少しずつ、旦那さんと会話が可能な関係性を、再構築していけないものでしょうか。

旦那さんは、注意をされると逆上してしまうそうですが、そういう人って大抵、思ったことを具体的な言葉にする訓練が足りていないんだと思います。うまく言えなくて、もどかしくて、感情が高ぶってしまう。
一方で、子ども相手の愚痴がなぜだかやめられないというコクワガタさんもまた、吐き捨てる愚痴という形でしか自己開示が出来ていない可能性があり、必ずしも器用な方ではなさそうにも感じます。

そんな不器用な二人が今後、20年、30年と、夫婦として連れ添い続けるかもしれないわけです。先は長いです。……であればこそ、この辺でひとつ、苦手の克服に取り組まれてみたらいいと思うんです。

私は、子どもが将来だらしない人間にならないことと同じくらい、自分の幸せに対して惰性的にならない、ということも、大事なことだと思うんです。なぜかというと「もう諦めた」と自分に言い聞かせたら、私達はいとも簡単に不幸に慣れてしまえるからです。さらに、不幸を誰かのせいにできる限り、被害者という正しき者でもいられるというわけで、自分が悪者になるよりこれはこれで気分がいいんですよね。だから、私達は気を抜くとすぐ、惰性的に不幸を享受してしまう。不幸に甘んじることはいつも私達のすぐ身近にある、陥りやすい落とし穴で、だからこそ親としてぜひ、そこに簡単にははまらない生き方を、息子さんに提示してあげて欲しい、と思うんです。

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イラスト:わかる
イラスト:わかる

紫原明子● 1982年、福岡県生まれ。個人ブログが話題になり、数々のウェブ媒体などに寄稿。2人の子と暮らすシングルマザーでもある。Twitter

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