【井上荒野さん × 須賀典夫さん】結婚を保証だと考えると、人生がつまらなくなりそう。【後編】
撮影・青木和義 文・黒澤 彩
食事を大切にする妻と、お参りを大切にする夫。
「同じ文脈でものごとを考えられるかどうかは、パートナーを選ぶ上でのポイント。考え方の文脈が違っていたら、言っても言っても伝わらないことってあるでしょう?」(井上さん)
お互いさまざまな人生経験をし、大人になって知り合った二人だが、もし20代くらいの若い年齢だったら?との質問には、結婚はおろか交際にも至らなかったかもしれないと答える。
「だって、彼はあまりおしゃれじゃないし、おいしいお店も知らないから。若いときはそういうことが恋愛の入り口になるでしょう。大人になって、自分にとって重要なのは何かということがわかってきたのだと思います。ファッションだとか紳士的なふるまいとか、そういうものは付き合っていくうちにどうにでもなるもの」
それでも一緒に暮らし始めた頃は、喧嘩というほどではないが、ちょっとした事件も起きていた。
「夕食に天ぷらを作ったとき、揚がったよと声をかけても、彼がなかなか食卓に来ないので、もう私、泣きました。せっかくの天ぷらなのに、揚げたてを食べないなんて信じられない!」
もうひとつ、今となっては笑い話になっている思い出が「豚しゃぶ事件」。井上さんの仕事がとても忙しく夕食の支度がままならない日、外食してもよかったのだが、その晩サッカーの試合を観たかった須賀さんは、「よし、僕がしゃぶしゃぶを作る」と言って、生姜焼き用の豚肉を買ってきてしまった。無理矢理しゃぶしゃぶにしてみたものの、ぱさぱさしておいしくない。井上さんは、平気な顔をして食べている須賀さんを見るにつけイライラが募り、ただでさえ仕事が大変なのに、どうしてこんなまずいもの食べなきゃいけないのだろう?との怒りが込み上げて、須賀さんを驚かせた。
「急に箸をバンって置いて2階に行っちゃったから、どうしたんだ?って。私はあまり食べるものにこだわらないけど、彼女は食を大事にするんだということがよくわかりました」
へぇ、意外とこういうところは譲れないのか。あれ? そういうところは適当なのか……。どんな夫婦でも、生活のなかでふと垣間見える横顔というものがあるのだろうが、須賀さんも、妻の思いがけない言動に面食らうことが何度かあったとか。
「直木賞の候補になったときに、お参りしようと近くの深大寺に行ったら、お正月で初詣の行列がすごかったんですよ。そうしたら、並ぶのが嫌だからって、境内の隅っこのほうにあった小さい祠にお参りして『これでいいや』って。結局、そのときは直木賞も落選しちゃったんです」(須賀さん)
井上さんからすれば、夫が信心深いタイプだというのは意外な発見だった。ある夏、2人で須賀さんの実家から墓参りに行ったときのこと。
「あまりにも暑かったから、私が『お墓へは行ったことにして、この辺りでお茶でも飲んで帰ろうよ』と言ったら、『そんなのダメだよ!』と怒られちゃった。私の信心深くないところは、親譲り。うちの一族は皆そういうところがいい加減なんです。父の遺骨も、7年間も家のクローゼットに入れたままにしてあったくらいだから」
何を隠そう、光晴さんの遺骨は、家族ではなく瀬戸内さんの提案によって納骨する運びとなったのだ。瀬戸内さんが一時、住職をつとめていた岩手県にある寺院の近くの墓をすすめてくれたという。「そうしましょう」と決めたのは、井上さんの母だった。
「不思議ですよね。わが家には縁もゆかりもない土地なのですが、今は母も父と一緒にそのお墓に入っています。瀬戸内さんは、出家後も父が亡くなるまで仲のいい友人でいたので、私のことも親切に気にかけてくれるんです。彼女にとっては、父の娘である私は親戚の子みたいなものなのかもしれませんね。私たちの結婚パーティーにも来てスピーチしてくれたんですよ。『女流作家はね、結婚して幸せになったら、いいものが書けないのよ。でも、おめでとう』って」
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