考察『豊臣兄弟!』17話 小一郎(仲野太賀)が訴えかける生への意志。浅井長政(中島歩)とお市(宮﨑あおい)はそして…
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
今作の家康は忘れます
このドラマをどんな人に届けたいのか。
17話は、制作側の狙いを改めて感じた回である。
元亀3年(1572年)5月。
足利義昭(尾上右近)は、武田信玄(髙嶋政伸)に織田信長(小栗旬)を討つよう働きかける。
10月、信玄は徳川家康(松下洸平)の領地である遠江(現・静岡県西部)へ侵攻。
12月、家康の本隊と激突する三方ヶ原の合戦となった。
わずか2時間ほどの戦闘で、徳川軍は壊滅。
家康は生涯最大の敗北と言われる大敗を喫する。逃げる途中、家康は
「こたびの戦のこと、儂はすぐに忘れるぞ。引きずっていては二度と戦うことなどできぬわ」
徳川家康の有名な肖像画に「徳川家康三方ヶ原戦役画像」、通称「しかみ像」がある。
その疲弊しきったような表情から「三方ヶ原の大敗を忘れぬよう己を戒めるため家康自身が描かせた」という逸話が長い間信じられてきた絵だ。
だが近年の研究では、合戦当時ではなく後年に描かれたものであるなど「家康自身が敗戦を忘れぬように」とした通説は根拠がないとされる。
そうした研究を反映しての台詞で、敢えて「すぐ忘れる」とはいかにも人間くさい、本作の家康らしい。
側近の石川数正(迫田孝也)に、家康が「いつまでも傍にいて儂を戒めよ」と求める。
さらに今回は、徳川四天王の一人、本多忠勝(夏生大湖)が登場。
将来の徳川家を襲う激震の布石が着々と打たれているのを感じる。
あっけない死を描くこと
強大な軍事力を誇る武田信玄の西上作戦は、義昭を勢いづかせた。
元亀4年(1573年)2月、ついに義昭自身も反信長を掲げて挙兵する。
朝倉義景(鶴見辰吾)、浅井長政(中島歩)をはじめとする諸国の反信長勢力に書状を送り共闘を促す。
将軍が織田を討てと命じたのだ。
織田家、万事休す。さしもの竹中半兵衛(菅田将暉)も名案が思い付かない窮地だ。
だが、武田軍の次なる動きは足利義昭を驚かせた。
4月初旬、突然全軍が甲斐に引き返し始めたのである。
武田信玄が餅を喉に詰まらせて死んだのだ。
武田信玄の死因ははっきりわかっていない。
わかっているのは、元亀4年2月に野田城(現・愛知県新城市)を攻め落とした後に進軍が停止し、4月に軍勢が甲斐に引き返し始めた。その道中で死んだということ、それだけだ。
死因には信玄の持病の症状から胃癌説、食道癌説、肺結核説などがある。
こうした病気であれば嚥下障害はあり得る。だが、ドラマでは特に体調不良の様子は描かれなかったので、台詞の通り「餅を喉に詰まらせた」のだろう。
戦国武将で人気投票をしたらトップ5には間違いなく入るであろう武田信玄の死に方としては、あまりにも拍子抜けな印象は否めない。
だが、信玄の死の描き方は、この後の小一郎の台詞と繋がっている。
それは後述する。
とことん苦しむ光秀
元亀4年7月。
義昭は信長に降伏する。
かつての側近、明智十兵衛光秀(要潤)はどうしておると問う義昭に答えて信長、
「ここには参りませぬ」「十兵衛はもう、我がものでございますゆえ」
その頃光秀は、義昭の御座所・二条城にいた。信長から二条城の破壊を命じられたのだ。
12話(記事はこちら)で光秀は「公方様を御支えし、世に静謐をもたらすことが私の天命」と語った。二条城で夢を果たせると、あの時は思っていたのだ。
その夢の跡を、わざわざ十兵衛に壊せと命じる信長。
なんと残酷な……と思うが、前フリは17話の序盤にあった。
三方ヶ原での徳川の大敗について、信長と光秀が語り合う場面。
信長「儂は信玄を見誤ったようじゃ」
光秀「見誤ったのは、信玄を動かした者でございましょう」
光秀は信長に、将軍義昭を甘く見たのだろうと指摘したのだ。
この言葉への信長の「……そうじゃな」の声音。
かつての主人・義昭への、光秀の拭いきれぬ想いを察知した苛立ちを帯びている。
前回レビュー(記事はこちら)で、本作の信長は周りにいる者を愛する、それを駄々洩れにすると書いたが、嫉妬も剥き出しなのか。
光秀への二条城破壊の命令は、元彼からもらったプレゼントを自分の目の前で全部捨てさせる男のようだ。
輝いていた過去の思い出を断ち切るように暴れる光秀。
かわいそうだよ。
室町幕府の終焉
荒れ狂う光秀とは対照的に、京を追放される道中の義昭の表情はさっぱりとしている。
都の外れまで護送してきた小一郎(仲野太賀)&藤吉郎(池松壮亮)兄弟との会話は、意外にも義昭の、戦国武将としての本質を示すものだ。
自害するのではと案じる小一郎に、義昭は
「案ずるな、死にはせぬ。おぬしに教えられたからの。生きておれば、また実りある時がくるかもしれぬ」
「時が経てば人は変わる。(信長と)同じものを目指すときが来るやもしれぬ」
敵味方がクルクルと入れ替わる戦国の世だ。
生きてさえいれば信長と、あるいは織田家臣の誰かと同盟を組むことは十分にあり得る。
「必ずや幕府を立て直してみせる」の決意を笑うことはできない。
戦国武将は生き残ってナンボなのだ。
義昭が都を出た同じ月の7月に、朝廷は信長の求めに応じ改元する。
義昭が「亀のように末永く」と願った元号・元亀は、わずか4年で天正に改められた。
これにより、15代続いた足利氏による室町幕府の終焉は世に強く示されたのだった。
ただし、このあと義昭は西国の大名、毛利輝元の庇護を受けて備後国鞆(とも/現・広島県福山市)に動座する。
義昭が朝廷に将軍職を返上して出家するのは、都を追われた16年後の天正16年(1588年)。
晩年は文禄の役に肥前名護屋(現・佐賀県唐津市)まで出陣するなど、武士としての姿を示し続けて、慶長2年(1597年)に61歳で病没した。
「しぶとい御方じゃ」「さすがは将軍様じゃ」
小一郎&藤吉郎の台詞通り、しぶとく生き抜いたのである。
一乗谷の栄華
しぶとい人間は他にもいる。
朝倉・浅井攻めの総仕上げで攻め寄せた織田軍を前に、進退窮まった朝倉軍。
その中の斎藤龍興(濱田龍臣)だ。
信長に稲葉山城を奪われてから6年、三好三人衆と義昭を襲った本圀寺の変から4年。
縁戚関係にあった朝倉家に客将として庇護を受けていたのだ。
大河ドラマでもその他の歴史創作でも、信長・秀吉を描いた作品ではよく登場する斎藤龍興だが、この織田軍朝倉攻め時点で出てくるのは珍しい。
しかも、織田軍の動きを読んで一乗谷への撤退に反対するなど、稲葉山城戦・本圀寺の変よりも成長している。
一般的には斎藤龍興はこの織田軍との戦において、26歳の若さで死んだとされる。
だが一方で、生き延びたという伝説もある。
史料と逸話を組み合わせて作劇してきた本作だ。
これから先、斎藤龍興は意外な形で再登場するのではないだろうか。
しぶとく生き抜く武将たちが描かれたのはここまで。
物語は文字通り血にまみれてゆく。
織田軍に追い詰められた朝倉義景は、一乗谷(現・福井県福井市)に火を放つように、側近の朝倉景鏡(かげあき/池内万作)に命じる。城や町には民も家臣の家族もおりますると反対する景鏡に、義景は民を織田軍の暴虐から救ってやるためだと言い放ち
「奴らには何ひとつ渡さぬ。すべて儂のものじゃ」
主君が正気を失ってゆく様を見た景鏡は、断腸の思いで主君の首を刎ねた。
「お許しください。殿の首級と引き換えにみなの命を救いまする」
「お望み通り殿が、一乗谷の民をお守りになったのです」
だが、天正元年(1573年)8月17日。織田勢は一乗谷に火を放つ。
朝倉義景が愛した北陸の都は、跡形もなく灰となったのである。
本作では一乗谷の様子が出てこなかったが、福井市にある一乗谷朝倉氏遺跡では、当時の街並が復元されている。
隣接の博物館と併せて見れば、一乗谷がどれほど栄えていたか肌で感じ、義景がなぜこれほどこの地に固執したのかを理解することができる。
機会があれば、ぜひ一度訪れてみてほしい。
「少年漫画」が目指すもの
天正元年、8月。
とうとう浅井の本拠地である小谷城(現・滋賀県長浜市)に織田軍が攻め込む。
浅井久政(榎木孝明)は自害。
残るは浅井長政とお市(宮﨑あおい)が籠城する本丸のみ──。
小一郎&藤吉郎兄弟と柴田勝家(山口馬木也)は信長に願い出て、お市救出作戦に出る。
小谷城本丸に乗り込んだ勝家が、兄弟に談判を任せる場面が、なんとも言えず良い。
「首級を取るなら誰にも負けぬが、命を助けるなど不得手じゃ」
「おぬしらの口車で、なんとしてでもお市様をお助けしろ」
ここで二ヤリと笑う勝家に痺れる。
本当はだれにも譲りたくない、お市のもとに駆けつけたいであろうに、自分では説得できるはずもないと木下兄弟に譲っている。
17話は山口馬木也だけではなく、髙嶋政伸、榎木孝明、鶴見辰吾といった大河ドラマに幾度も出演して経験を重ねたベテラン俳優陣の好演が光る。
短い時間でも威厳、重厚、悲壮を表現していて魅せられた。
ここから先は少年漫画の風味が濃くなる。
小一郎の、長政への説得。
「人は放っておいても死にまする。どんなに偉い身分の者も、屈強な侍もみんな死ぬ」
「病や怪我で死ぬ者も大ぜいおりまする なんでわざわざ自ら死なねばならんのじゃ!」
信玄が餅で死んだことを思い出す。
百姓出身である小一郎の視線からは、死という点においては戦国最強の大大名も、名もなき足軽も、戦火に巻き込まれる百姓も等しい。
小一郎が主人公の本作においては、餅で死ぬ信玄はアリかナシかで言えばアリなのではないか。
このあとの相撲とおとぎ話は、織田兄妹と浅井夫婦の約束を、木下兄弟が果たす形なのだなと観ていた。
ふたりがかりの織田家臣を信長に見立てて勝利した長政の「ざまあみろ、信長」。
戦国武将としてはままならぬ人生の最期に、爽快感を得てのざまあみろ。
ほんのわずかな救いを見る。
ついに長政は切腹するわけだが、苦しむ長政の前に刀を携えたお市が戻ってきたのを見て、ホッとした。
自害するのなら兄弟どちらかが残って介錯してやれよ、苦しむだろうに気の毒に。
第一、出向いておきながら首級なしで信長にどう報告するつもりなのかと思ったのだ。
「いつまでも、あなた様をお慕いしておりまする」
お市は愛を告げて、夫の首に刀を振り下ろす。
浅井父子の介錯人が柴田勝家とお市であったのは、のちの伏線だろうか。
ここで、制作陣がこのドラマをどんな人に届けたいとしているのかを考える。
長政からお市への「いつまでもそなたらしく強く生きてくれ。わしは、そんなそなたが大好きであった」。
「愛しく思うておった」ではなく「大好き」。
兄弟のおとぎ話の「抱き締めたくて」もそうだが、これまでの大河ドラマではあまり見ない台詞のチョイスだ。小一郎らの涙ながらのおとぎ話も含めて、かなり劇的な演出に偏っていると見る向きもあることだろう。
「少年漫画」と先述した。
制作陣は、大河ドラマに初めて触れる少年少女に、この作品を届けたいと考えているのではないか。
豊臣秀吉が主人公の大河ドラマ『秀吉』から30年。
放送当時「下品」「汚い」「軽い」など批判があったことを思い出す。
一方で、10代20代の若い世代に熱狂的な大河ドラマファンを生んだ作品でもあったことも記憶している。
17話まで観て、本作は「ネオ太閤記」であると同時に、少年少女、新たなファン獲得大河なのだろうと確信した次第だ。
次回予告。
サブタイトルは「羽柴兄弟!」。木下から羽柴へ、そして城持ちへ。
藤堂高虎(佳久創)、石田三成(松本怜生)、平野長泰(西山潤)、片桐且元(長友郁真)。兄弟の下に集まってくる若者たち。兄弟の奥方である寧々(浜辺美波)、慶(吉岡里帆)の衣装もグレードアップ。
「茶々はそんな弱虫ではありません」。
信長、姪っ子たちとご対面。気まずい……。
18話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、菅田将暉、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・織田信長編 合本』中公文庫,1999年
谷口克弘(著)『織田信長合戦全録──桶狭間から本能寺まで』中公新書,2002年.
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025