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『時の家』著者 鳥山まことさんインタビュー ──「見えないもののかけがえのなさを書く」

目を凝らすほどに浮かぶ無数の細部。形のない家の記憶を言語化した新たな建築文学『時の家』──本を読んで、会いたくなって。著者の鳥山まことさんにインタビュー。

撮影・園山友基 文・堀越和幸

鳥山まこと(とりやま・まこと)さん 1992年、兵庫県宝塚市生まれ。2023年「あるもの」で第29回三田文学新人賞を受賞。本作が初めての単行本で、第47回野間文芸新人賞、第174回芥川賞を受賞。他の小説作品に「欲求アレルギー」「アウトライン」などがある
鳥山まこと(とりやま・まこと)さん 1992年、兵庫県宝塚市生まれ。2023年「あるもの」で第29回三田文学新人賞を受賞。本作が初めての単行本で、第47回野間文芸新人賞、第174回芥川賞を受賞。他の小説作品に「欲求アレルギー」「アウトライン」などがある

小さな住宅街に残された一軒の空き家。塀にはもう長いこと“売物件”と書かれた看板が掲げられている。青年はその塀を乗り越え、家に侵入し、家屋の様子を仔細に描写しスケッチブックに収めていく。青年はすでに35歳の立派な大人で、彼には小学生の頃にこの空き家の家主だった建築士の藪さんと一緒に庭の草花や木々や鳥をスケッチした記憶があった──。

これは本作の冒頭部だが、作者の鳥山まことさんも建築士でありながら作家として執筆活動を続けている。『時の家』は2年前に、自分の家を設計して建てたことが書くきっかけとなった。

「1週間に1回、数カ月にわたって建設現場を訪れていました。建てる過程というのは面白くて、完成してしまえば見えなくなるものばかり。その見えなくなってしまうもののかけがえのなさみたいなものを残しておきたいと思いました」

小説中では藪さんは自分の家を建てる際に、大工が石膏ボードにその場で描いた窓枠部分の収まりのスケッチをあえて消さずにその上から漆喰を塗らせる。仕上げでは必ず消しゴムをかけるものなのに、消すのがもったいないと言う。空き家の壁の細部までを写し描こうとする青年の目に大工のスケッチは見えない。が、白い壁のおぼろげな陰影が確かに描かれていく。

細部に目を凝らすと世界が変わる

一軒家には三代の住まい手がいた。初代が藪さんで、二代目が塾講師の緑、三代目が圭さん、脩さんの若夫婦。漆喰壁のくぼみや、リビングの勾配天井、戸棚の引き手……一軒家の部材にはそれぞれの人生の思いや屈託が染み付いている。そしてそれら記憶の断片が、時間を超越しながら、折り重なるように物語が綴られていく。

「小説を読んでくれた人にはまるで“家”が思い出を語っているようだね、と言われました。確かに、人が自然に何かを思い出す時って、場面も順番もけっこうシームレスなので、いろんな連なりが記憶の有り様なのかなと改めて思いました」

青年が細部にこだわり始めたのはあることがきっかけだが、自身も30歳の頃に同じ思いをした。

「仕事は頑張っているんだけど何か物足りない感覚にずっと囚われていて。そんな時、作家の乗代雄介さんが取り組んでいる“写生文”に自分なりに挑戦してみたんです」

写生文とは風景などの対象をありのままに描写し、世界の捉え方を探る文章トレーニングだが、

「木って遠くから見るとじっと止まっているように見えるじゃないですか? けれども近くで観察すると全ての葉っぱが揺れている、ということに気づいた瞬間があったんです。細部に目を凝らさないと知り得ない面白さ。木だけでない、きっと人生にもそういうことが溢れているのではないかと」

誰にも見向きをされなくなった一軒家はやがて解体処分にされるが、そこに確かにあったはずの記憶はどこに消えてしまうのか? 読後に深い余韻がやってくる。

『時の家』 目を凝らすほどに浮かぶ無数の細部。形のない家の記憶を言語化した新たな建築文学。 講談社 2,090円
『時の家』 目を凝らすほどに浮かぶ無数の細部。形のない家の記憶を言語化した新たな建築文学。 講談社 2,090円

『クロワッサン』1159号より

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