『たまさかの古本屋 シマウマ書房の日々』著者 鈴木 創さんインタビュー ──「手放した人から読みたい人へ。本を繋げる一期一会」
撮影・堀井聡子 文・クロワッサン編集部
鈴木創さんの店があるのは名古屋の今池という街。「かつては名古屋の新宿といわれた、いわゆる飲み屋街」。飲食店に加えライブハウスやミニシアターが軒を連ねる。
「アングラカルチャーな1970〜1980年代から続く店もあります。昔は古着屋さんにレコード店、大小の書店など、文化的な匂いのあった場所で」。最近は歴史ある建物がマンションになることも増えた。
「名古屋も東京みたいに、それぞれの街の特色を伸ばせるといいのだけれど。うちがここにあると無いとでは全然違うと思うので、どうにか続けていきたいな、と」
本作は鈴木さんの、古書店主としての日々を記したエッセイだ。東西の名著への想いや本を介し出会った人の記憶が、多くの本を体に通してきた人ならではの正確な語彙、端正な文体で綴られる。
本はモノとして形があるから積み上げ、次の世代に渡せる
〈本の流通とは、よく川の流れにたとえられる。(略)出版社から取次、そして全国の書店へと流れ、そこから読者のもとに渡っていく〉
〈河口の先に広がる書物の海の、向こう側。海と陸とがふたたび交わる海岸線の端に、小さな浜辺があると想像してみてほしい〉
そこに打ち上げられた本を再び誰かに手渡すのが古書店の役割だと語る。
「若い頃にチェーンの書店で働いたこともあるんですが、新刊はサイクルが早いと感じました。本は10年前のものでもいい本があるし、何か調べ物をしようと思った時は図書館か古本屋さんで必要な本を探すことになる。その意味で街の古本屋さんは大切だと、その頃から思っていて」
新刊書店との違いは仕入れを個人から行うこと。買い取りを依頼され、部屋の書棚を前にその人の過去に接することも多い。
「読書経験はとてもプライベートなものです。こんな仕事をされてたんだなとか、若い頃からの興味の変遷が伝わってきます。つまり、書棚には人が生きて死んでいくまでの過程が反映されている。だからこそ、生活の身近に本を置くことは、自分の人生に味方が増えること」
デジタル化のいま、本は古いメディアだと位置づけられつつあるが、「本当にそうなのかなって。スマホなどデジタルツールは水平方向のメディア。リアルタイムでより遠くに、より多くに拡散できるが、すぐに消費されてしまう。対して本はモノとして残るので、その上に積み上げていける。過去の人たちの考えや言葉を受け継ぎながら、その上に新しいものを生み出していくのが活字の文化」。
店に並ぶ本は「古書の市場で仕入れる仕組みもありますが、うちは買い取りが中心です。意外な本と出合える面白さがあるし、託された本を丁寧に扱いたいので」。
日々店を開け、それらを読みたいと思う人たちに引き合わせる。「一期一会の場所ですね」。こうしてシマウマ書房は活字文化を繋ぎ、積み上げ続ける。
『クロワッサン』1158号より
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