『こどもの頃のこわい話 きみのわるい話』蛙坂須美 著──怪談というレンズが映す、失われた子ども時代
文・朝宮運河
子どもの頃、自分を取り巻く世界は今よりはるかに狭いものだったが、その分ずっと濃密だったような気がする。たとえば自宅と幼稚園の間にあった狭い路地、雑種犬とおばあさんが暮らしていた古い平屋、近所のお姉さんが“おばけがいるよ”と教えてくれた雑木林。今ならなんてことなく素通りしてしまう景色が、幼い目には意味ありげに映り、半径数百メートルにも満たない生活圏は、さまざまな感情と深く結びついていた。
長らく忘れていたそんな感覚を、鮮やかに思い出させてくれる本に出会った。『こどもの頃のこわい話 きみのわるい話』である。蛙坂須美は、実在する体験者への取材をもとに綴られた怪談、つまり「実話怪談」と呼ばれるジャンルの実力派で、この本にも取材をもとにした怪談が45編収められている。特徴的なのはそれが、すべて子ども時代に体験されたものであることだ。このコンセプトによって、本書は類書にはない独特の輝きを帯びることになった。
たとえば「きつね」はこんな話だ。ある女性は小さい頃、近所の神社で見慣れない動物を可愛がっていたという。それは毛の生えたスリッパのような、鼻も口もない生き物で、境内を走り回ったり、時には身体を膨らませてふわふわ宙に浮いたりする。幼い彼女はそれをきつねだと信じていたらしいが、当然そんな動物は日本にいない。彼女が可愛がっていたのは何だったのか? あるいは「血だらけ」という話では、殺人現場となった公園のトイレに出かけた子どもたちが、真っ赤なワンピースの女性に遭遇する。怪しい女性はトイレの個室から忽然と消え、そこには大量の血液が残されていた。しかし警察官を連れて戻ると、何の異状もなかったという。子どもたちは何を目にしたのだろう?
口々に語られる怪異は、どれも常識では説明のつかないものばかりである。猫のような人間が追いかけてきたり(「猫頭」)、飛び下りの瞬間を収めた映像ディスクが自宅に届けられたりと(「北見先生のDVD」)、シュールかつ不条理なエピソードも多い。それでもなぜか“本当にありそう”と感じてしまうのは、これらの体験が子ども時代ならではの世界のありようと、深いところで繋がっているからではないだろうか。子どもの頃、私たちが生きていた世界は、確かにこんな奇妙な色や形をしていた気がする。本書は怪談というレンズを通して、失われた子ども時代の風景を覗かせてくれる、そんな一冊なのである。
同級生宅で謎めいた儀式を目撃する「くびぞろえ」、自宅のトイレから異次元に迷い込んでしまう「おばけの世界」、つじつまの合わない展開がとにかく異様な「人形地獄」と、一度読んだら忘れられない強烈なエピソードがずらりと並んでおり、怪談集としてのクオリティも高い。歪んだ記憶の中に眠っていた怖いもの、気味の悪いもの。作者の巧みな語り口は、それに命を吹き込み、奥深い幻想世界を作り出している。部屋をできるだけ温かくして、セピア色の恐怖とスリルをじっくり楽しんでみてほしい。
『クロワッサン』1157号より
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