家族旅行は元気なうちに。運転はプロに任せて気兼ねなく──近藤夏貴さん 新しい介護×旅(3)
撮影・村上未知 構成&文・殿井悠子
「今日は大人が気兼ねなく、おいしいワインが飲めるね」と笑いながら、近藤夏貴さん一家は、藤吉正一さんが運転する“動くホテル”のような大型キャンピングカーに乗り込んだ。行き先は山梨のぶどう園。末期がんの父・隆さんを囲み、母、妹夫婦、姪2人と過ごす日帰りの旅だった。
藤吉さんが運営する「レスパイト・ツーリズム」は、“介護や病気があってもできる特別な旅”を提供する。車内にはミニキッチンや車椅子でも入れるトイレ、ソファ付きのテーブル、そしてふかふかのベッドが備わり、家族みんなで食事や休息を楽しめる。
「運転を誰かに任せられるだけで、家族全員が同じ熱量で旅を楽しめる。お金をかける価値がありました」と、振り返る。
近藤さんは、大学病院で働く緩和ケア認定看護師。がんの痛みや不安を和らげるケアの専門家として、多くの患者やその家族に寄り添ってきた。「治療には限界があるけれど、ケアには限界がない」と語る。しかし今、自分の父親ががんを患い、看護師としての知識と、娘としての思いが交錯している。
「がんは突然、坂道を転げ落ちるように悪化する。だからこそ比較的元気なうちに、思い出をつくるのが大事。動けなくなってからでは“どこかへ行こう”なんて話はできなくなってしまいます」。実は、今回の旅の2日後に、隆さんは敗血症で緊急入院した。回復したものの骨転移による下肢麻痺が残り、今は自宅で迎え入れるためのバリアフリー改修を考えている。「だからあのぶどう狩りは奇跡のタイミングだった」と言う。
旅の車中では、笑い声が絶えなかった。幼い頃から多くを語らなかった父が、ふと「家族旅行って楽しいな。もっと早く気づけばよかった」とつぶやいた。「あれを聞けただけでも、行ってよかったと思います」と近藤さん。
緩和ケアの現場では、「もしものための話し合い」を早い段階で勧める近藤さんだが、自分の家族とは話せていなかった。「正月に家族で『もしバナゲーム』というカードゲームをして、気軽な雰囲気で家族の意向を確認しました。父本人がどう望んでもいいように最期まで支えたい」
旅が終わって残ったのは、みんなで採ったぶどうと思い出、そして「思い立ったら行く」という気づき。
「元気なうちに、家族で行けるところに行く。それは特別な旅じゃなくてもいい。共に過ごすだけで、家族も本人も心は救われると思います」
『クロワッサン』1154号より
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