針も糸も使わない、未来の洋裁「エコ・ソーイング」(1)──デザイナー・浜井弘治さん ×俳優、映画監督・三坂知絵子さん
撮影・高橋マナミ ヘア&メイク・小野来海 文・殿井悠子
浜井さん「伝統とハイテク技術で大量生産の一点ものを作ってます」
三坂さん「和紙を身に纏うと日本の伝統とアイデンティティーを感じます」
左:三坂知絵子(みさか・ちえこ)さん 俳優、映画監督。俳優を目指す子どもたちを支援する団体「LPJ」代表として製作した『ちくわっちゃ!』が「第32回キネコ国際映画祭」にノミネート。
「伝統から生まれた民藝の知恵には、未来やエコに繋がる機能性がある」と、デザイナーの浜井弘治さん。ローテク=民藝の知恵と、ハイテク=科学技術を掛け合わせた浜井さん流のエコ・ソーイングについて、その服作りに共感する三坂知絵子さんと語ります。
三坂知絵子さん(以下、三坂) 浜井さんには、昨年私が初めて監督した映画『ちくわっちゃ!』で衣装を担当していただきました。今日着ている服も、同作がカンヌ映画祭のショートフィルムコーナーに正式出品された際にオーダーメイドで作っていただいたものです。世界中の映画人たちに囲まれる中で、日本の造形を意識した衣装を纏っている安心感は本当に大きかったです。
浜井弘治さん(以下、浜井) 折り畳むという折り紙の発想でプリーツ加工を施したオールインワンですね。お似合いです。僕にとっても、国際舞台で披露されるのはうれしい経験でした。
三坂 普段は、カジュアルに着られる和紙デニムのワンピースも愛用しています。最初、和紙と聞いて「えっ、紙の服? 洗っても大丈夫?」と驚きました。ところが袖を通すとシャリッとした質感で、肌にべたつかず風が通る感じがして。すごく着心地がいい。
浜井 和紙はただの紙じゃないんです。繊維が長くて強いから、破れてもまだ使える。昔は障子を張り替えると、古い紙は下張りや習字用の半紙に回されていました。無駄なく循環していたんです。さらに和紙は“呼吸”するので、湿度の高い梅雨には水分を吸い、冬には逆に放出してくれる。だから昔の日本家屋は、和紙と共に季節を生きてきたともいえるんですよ。紙一枚の中に、自然と共生してきた日本人の知恵がぎゅっと詰まっている。僕はそれを、「着る素材」としても活かせるのではと考えました。ただ和紙だけでは伸縮性が乏しいので、ポリエステルをベースにカバーリングしたり、「備後撚糸」の工場と和紙糸を開発したりして、伝統を今の科学で補う、そういうことを積み重ねて、新しい服を作っています。これを、日本の知恵を未来につなぐエコ・ソーイングだと思っています。
三坂 日本の伝統を纏っていることが着る人のアイデンティティーにもなり、自信に繋がりますね。
伝統とハイテクから生まれる新しい一点もの
三坂 浜井さんは世間がエコを取り上げるずっと前から、エコロジーの視点で服作りをされていますよね。
浜井 きっかけは『宇宙船とカヌー』という映像作品でした。宇宙物理学者の父親とエコロジストの息子が、科学と自然の両方から地球を考える物語で、そこから環境問題に関心を持ちました。自分の作る服も、最後にどう捨てられ、どう循環していくのかを意識するようになったんです。そこで最初に辿り着いたのが「残糸」でした。今日のTシャツもそれで作っています。
三坂 残糸ってどういうものですか?
浜井 服の大量生産で出る端材の糸です。これまでは廃棄されるか、工業用軍手として再利用されてきました。色や素材がバラバラでも、作業現場で使う軍手は見た目が揃っている必要がない。安価に調達でき、油や泥で汚れても気にならない。だから残糸は合理的に使われてきたんです。
三坂 なるほど。でも浜井さんは、それをTシャツにした。
浜井 そう。不揃いな糸を集めるので同じ色には仕上がらない。でもそれは、大量生産でも“一点もの”が生まれるということ。世界にひとつしかない色合いのTシャツが出来上がるんです。工場の片隅に積まれたカラフルな糸の山を初めて見たとき、その景色自体が一枚の抽象画のように感じました。
三坂 映画の衣装でも「唯一無二」というのは強い存在感になりますが、日常のTシャツで一点ものが味わえるって贅沢ですね。
浜井 捨てられるはずのものに価値を見いだす発想は、資本主義の常識を逆転させるようで面白いですよね。その後に出合ったのが藍染や和紙。風土に合った素材を活かす日本の暮らしの知恵は、まさにエコの原点です。そこから「折る・畳む」という文化を取り入れた新しい挑戦が、折り紙バッグです。
折る・畳むで作る、折り紙バッグに挑戦!
浜井さん「折って畳むだけなのに個性が出るのが面白いんです」
三坂さん「“好き”と“ごきげん”の相互循環が究極のエコかも」
折って畳んで留めるだけ、ミシンいらずの折り紙バッグ
三坂 折り紙をするのは久しぶりで楽しみです。どんな点がエコなのですか?
浜井 まず、針や糸、ミシンを使わない。道具は全て百均かホームセンターで揃えることができます。誰でも手軽に始められるのが魅力ですね。
三坂 たしかに洋裁は「縫う」行為が一番ハードル高く感じます。針に糸を通したり、ミシン糸の調子を合わせたりすることでさえ、不器用な人間からするとなかなか難しくて大変です。
浜井 折り紙の良さは型紙がいらないこと。折り方さえ理解できれば子どもでも作れますし、パターンという概念がなく、サイズも自由に調整できます。
三坂 それなら思い出の布をリメイクして形に残せそう。クローゼットにしまったままの思い入れのある服も活かせますね。
浜井 柔らかい布であれば、糊付けしてパリッとさせてから作るといいですよ。完成したバッグは、ネットに入れて洗濯機洗いもできるし、引っ張っても形崩れしません。折り紙の構造ってけっこう丈夫なんです。
三坂 このサイズは、おにぎりや飲み物を入れてランチバッグにするのにちょうどいいですね。軽くて持ち歩きやすいし、洗えるのもありがたいです。畳むとぺたんこになるのも、折り紙ならではでかわいい。旅行に持って行くのもいいですね。パッと開くと存在感があって華やかです。
浜井 もともと折り紙は、贈り物や礼を尽くす文化から発展したもの。道具を使わず折り重ねて造形する合理性は、日本的な哲学そのものだと思います。重なり合った部分は一見無駄なようで、実は重要な芯の役割を果たしています。折り紙バッグは海外の展示会でも人気で、「日本らしい」といわれるのはもちろんですが、「道具を使わずにここまで立体的になるのか」と驚かれる。子どもの遊びから発想した造形がファッションになるというのが面白いところです。
三坂 折り紙バッグは全部で12種類もあるんですね。布一枚を折って畳んで、形にする。新しいソーイングの形に、哲学を感じます。
地場の工場で「作る過程」から生まれる新しい発想
浜井 そもそも三坂さんとは、同郷の縁で親しくさせていただいて。山口県下関市という本州の端っこの港町が地元で同じ高校出身、さらに現代演劇に関わっているという共通点がありました。
三坂 浜井さんは、演出家の小池博史さんの舞台衣装も手がけてらっしゃいますが、ブランドの店舗や活動拠点は下関ですね。
浜井 はい。舞台に関わるときは上京しますが、普段は東京の“流行”という情報をあえてシャットダウンして、地元工場の開発力と一緒に、日々実験を繰り返しています。ものを「作る過程」に立ち会えるのが、地元のよさなんです。
三坂 竹を使ってオリジナルのボタンを開発なさったとうかがいました。
浜井 地方あるあるですが、もともと竹は人工的に管理されているので、高齢化に伴い整備する人手がなくなると驚くべき繁殖力で近隣の森林を侵食していってしまいます。山口県でも竹林が広がっていることが問題になっていました。調べると、宮大工が使う竹杭は炭化すると板を貫通できるほど強固になると知り、これをボタンに応用しました。プラスチックやポリエステルの約2倍の強度なんですよ。
三坂 エコだけでなく、機能性やデザイン性を兼ね備えているから持続的なんですね。
浜井 三坂さんは、普段からエコに関心が?
三坂 そうですね。でも“ごきげん”な状態でいることが一番エコなのかも、と思います。
浜井 どういうことですか?
三坂 ストレスを紛らわせるために、いらないものまで買い込んで、結局使うことなく捨ててしまう……。それは心にも地球にも負担になります。でも、自分の「好きなモノ・コト」を知っていれば、手にとるものを取捨選択できるようになるし、自然と自分の内側からパワーがわいてきて、自分も周りの人も笑顔になる。“好き”と“ごきげん”の相互循環こそが究極のエコシステムなのかな、と。
浜井 なるほど! 三坂さんが脚本を手がけた『ちくわっちゃ!』の子どもたちの生き方にも通じますね。
三坂 浜井さんの次なる挑戦は?
浜井 せっかく地元にいるので、下関の文化や歴史と共存しながらものづくりを続けたいな。まだ形になっていないけれど本当は必要なものを、地場から発信したいと思っています。
三坂 下関は港町だから、古くからいろいろな文化が交差していますよね。そうした土地だからこそ、新しい発想や挑戦が自然に生まれるのかも。
浜井 そのとおりです。地元に根を張って活動していると、歴史や人との繋がりに学ばされることが多い。ものづくりは結局、人や土地との関係性から生まれるんだと感じています。
三坂 私も下関を舞台にした短編映画を作って「下関短編3部作」を完成させたいと思っています。次回作の衣装も、ぜひお願いします!
『クロワッサン』1151号より
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