『熊はどこにいるの』木村紅美 著──身元不明の幼子と、おいやられた女性たち
文字から栄養。ライター・瀧井朝世さんの、よりすぐり読書日記。
文・瀧井朝世
東北のM市のショッピングモールで推定四、五歳の男の子が保護された。じつは彼は、赤ん坊の頃に道の駅のトイレで拾われ、暴力から逃れた女性たちが暮らす山奥の家で秘密裡に育てられてきた子どもだ。彼は住人たちに「外には熊がいる」と教えられてきたが、ある日自力で抜け出したのだった。当然、女性たちは保護者だと名乗りでることができない。
物語は彼を育てたアイとリツのほか、五年前に赤ん坊を遺棄したサキと、サキと親しかったヒロという女性の視点で進む。
登場する女性たちの境遇や抱える困難はさまざまだ。震災、性加害、貧困……。社会から疎外されてきた彼女たちには同情をおぼえるが、しかしそれぞれの中には危うさや脆さ、加害性も潜む。それって「熊」と同じだよなと思う。
対して幼子は無垢な存在だが、神々しいというより“生き物”感がすごい。子どもの描写が五感を刺激するほどリアルなのだ。彼は「クマ」という単語を憶えていたため、クマオと呼ばれるようになる。人間社会を(まだ)知らない無垢な生き物、それもまた「熊」だよなと思う。生まれ落ちてしまった熊たちの、やるせなさとしぶとさに飲み込まれる一冊だった。
『クロワッサン』1142号より
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