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読めば草花を見る目が変わる!植物が持つ脅威の能力。

科学の世界でも明らかにされつつある、植物が持つ驚異の能力。読めば草花を見る目が変わるはず!

撮影・青木和義 文・嶌 陽子 構成・中條裕子

「 身を守るための高度なシステムに驚かされます。」(フードプロデューサー、 起業家 古谷知華さん ・左)「 植物は私たちと似たような能力を持っているんです。」(埼玉大学大学院 理工学研究科教授 豊田正嗣さん ・右)
「 身を守るための高度なシステムに驚かされます。」(フードプロデューサー、 起業家 古谷知華さん ・左)「 植物は私たちと似たような能力を持っているんです。」(埼玉大学大学院 理工学研究科教授 豊田正嗣さん ・右)

植物は、私たちの想像以上の能力を持っている。そのことを科学的に証明している植物生理学者、豊田正嗣さんが登場。日本の在来種の植物を食に活かす活動をしている古谷知華さんと共に、数々の不思議な力について語り合った。

古谷知華さん(以下、古谷) 豊田先生は、主にどんな研究をされているんですか?

豊田正嗣さん(以下、豊田) 僕はもともと物理学科出身なんですが、その知識や技術をもとに独自の装置を作って植物の反応を可視化し、リアルタイムで観察するという研究をしています。それによって、植物もまるで動物の神経系のようなシステムを持っていることがわかってきたんです。

古谷 以前、植物には知性があるという内容の本を読んだことがあります。人間には五感しかないけれど、植物には20くらいの感覚があることや、動けない分、自分の身を守るための術や知性を持っていると書かれていました。

豊田 「知性」や「知能」など、植物に対して擬人化しすぎた表現をするとどこか“怪しい科学”になりかねないので、我々科学者は慎重に言葉を選ぶ必要があります。ただ、実際にこれまで知られていなかった植物の反応が観察できたのは事実。このPCの映像を見てください。シロイヌナズナの葉がハサミで切られたところなんですが……。

古谷 切られたところから葉っぱが次次と光り始めましたね(下写真)。

誰も見たことがなかった植物の能力の可視化に成功。

豊田さんが率いる研究室では、超高感度カメラなど独自に開発したイメージング技術を用いて植物の能力を可視化。虫に葉を食べられた植物がその情報を全身に伝える様子や、オジギソウが葉を閉じる仕組み、においで他の植物に危険を知らせる仕組みなどをリアルタイムで観察することで植物の謎を次々と解明し、世界中を驚かせている。

⚫︎ハエトリソウの驚くべき能力。

食虫植物であるハエトリソウ。確実に獲物をとらえるため、葉の内側にある感覚毛に虫が2度連続して触れると葉が閉じる。カルシウムイオンを使ったそのメカニズムを解明した。
食虫植物であるハエトリソウ。確実に獲物をとらえるため、葉の内側にある感覚毛に虫が2度連続して触れると葉が閉じる。カルシウムイオンを使ったそのメカニズムを解明した。

⚫︎オジギソウが葉を閉じる仕組みを初めて解明。

オジギソウが触れられたり傷つけられたりすると全身にカルシウムイオンを伝え、葉を次々と動かす様子を可視化。これにより虫などから身を守ることがわかった。
オジギソウが触れられたり傷つけられたりすると全身にカルシウムイオンを伝え、葉を次々と動かす様子を可視化。これにより虫などから身を守ることがわかった。

⚫︎ハサミで切られた瞬間、全身に信号を送っている!

シロイヌナズナの葉が、傷つけられるとカルシウムイオンが発生し、全身に信号を伝えることで防御物質を作り出す様子を世界で初めて可視化し、話題を呼んだ。
シロイヌナズナの葉が、傷つけられるとカルシウムイオンが発生し、全身に信号を伝えることで防御物質を作り出す様子を世界で初めて可視化し、話題を呼んだ。

豊田 切られた瞬間、カルシウムのイオンが信号となって「切られた」という情報を全身に伝えている。これを特殊な装置を使って世界で初めて可視化したんです。このカルシウムイオンは、我々動物も含め地球上のほとんどの生物が使っている信号です。

古谷 「敵が来たぞ」という情報を伝えているということなんですか?

豊田 植物って身動きが取れないですよね。人間の場合、蚊が飛んできたら追い払ったりできますが、植物は昆虫がきたらそのまま食べられてしまう。その食べられる量をなるべく減らすためにどうするか。食べられたという情報をまだ食べられてない葉っぱに即座に伝えれば、虫が嫌がるような防御物、たとえば消化不良を起こすような物質が作られるんです。そうやって自ら防御力を上げているんですよ。

古谷 「この物質を出すと虫が消化不良を起こす」という結論には、植物自身はどうやって辿り着いているんでしょう? 植物が人間でいう思考や判断のようなものをしているのか、あるいはそうした物質が多い植物が生き残ったということなんでしょうか。

豊田 「進化論における自然淘汰」ということになるでしょうね。つまり、たまたまそうした物質や遺伝子を持っていたものが生き残ってきた。それが科学の世界での基本的な考え方です。

「まるで知性があるみたいです。」
「まるで知性があるみたいです。」

脳や神経を持たないのに似たような仕組みを備えている。

古谷 先ほど話した本でもうひとつ印象的だった記述があります。オジギソウは振動や刺激が加わると葉を閉じますよね。あるオジギソウの横を馬車が通るようになった時、最初は振動を感じて葉を閉じていたのが、そのうち馬車が何度も通るようになると、「この振動は危害にはならない」と判断したのか、葉を閉じなくなったそうなんです。その学習能力というか、判断力みたいなものがすごいと思って。

豊田 オジギソウがなぜ、どんな仕組みで葉を閉じるのかについては何百年も昔から解明が試みられてきたようです。我々もオジギソウの研究をしているんですよ。風を当てると最初は葉を閉じていたのが、一定の周期で当て続けていると閉じなくなる。害がないと判断しているのかはわかりませんが、だんだん慣れてくるんですよね。

古谷 環境に順応するということでしょうか。つい人間のように思考するのかと考えてしまいますが……。

豊田 「思考」は脳の働きですが、植物はどんなに解剖しても脳や神経は出てきません。でも、それに類するような能力を持っていることは確か。ちなみにオジギソウの葉の先端を触ると信号が流れ、それが引き金となって葉が閉じていく様子も我々の研究グループが初めて可視化に成功しました(上写真)。そうやって科学の力で植物の能力を客観的に解明しようとしています。

古谷 ほかにはどんな研究をされているんですか?

豊田 ハエトリソウという食虫植物をご存じですか? 虫が葉の内側にある感覚毛に触れると、葉を閉じて虫を捕食します(上写真)。1回触れただけだと葉は閉じず、2回触れた時に初めて閉じるんです。ただし葉を閉じるかどうかを決めるのは1回目と2回目の間隔の長さ。間隔が空きすぎると2回目でも閉じない。間隔が伸びれば伸びるほど、たくさん触らなければ閉じない仕組みを持っているんです。

古谷 まるで最後にいつ触れられたかを植物が記憶しているみたいですね。

豊田 我々だと目で見て脳で記憶しますが、神経や脳がないのに触れられた情報を保存してるんです。それを可能にしているのが、やはりカルシウムイオンなんですよ。虫が感覚毛に触れることでカルシウムの濃度が上がり、それが保たれている間に次の刺激が加わるとさらに濃度が上がる。そうして一定の濃度を超えると、葉が閉じる仕組みがあることがわかったんです。

古谷 よくできたシステムですね。一体、何のために?

豊田 植物にとって、葉を動かすのはとてもエネルギーのいること。だから、確実に獲物がいることが保証されなければ葉を閉じたくない。要は空振りしたくないんですよね。

「実によくできた仕組みなんですよ。」
「実によくできた仕組みなんですよ。」

植物はにおいを使って情報をやりとりしている?

古谷 私は普段、全国で提携している山に入って食などに活用できそうな植物を発掘しています。それによって日本の林業や山を守りたいと考えているんです。最近ではもともとあるものを採取するだけでなく、ニーズの高い木などの栽培も林業従事者の方たちと進めていこうとしていて。その際、何を一緒に植えたらお互いにとって、もしくは土地全体にとっていいのか、植物の共生学に興味が湧いているところです。

豊田 僕の研究室では植物間コミュニケーションの研究もしています。植物がにおいを使ってやりとりをしているということは昔からよく言われてきましたが、実際に見た人はいなかった。我々はその可視化に取り組んだんです。

古谷 においですか。どんなにおいでやりとりしているんでしょう。

豊田 芝生を刈った時の青臭いにおい、いわゆる「緑の香り」が、植物が傷つけられた時の危険信号として働いていることが我々の研究によってわかりました。葉をかじられた植物からあのにおいが出ると、周りにいる植物が、たとえ別の種類であっても、それに反応して防御物質を作り始めるんです。

古谷 私は日頃から森に入って葉をちぎって香りをかいだりしていますが、植物にしてみればこれまでに受けたことのない刺激を受けているわけですよね。森の中で植物同士がやりとりしていて、そのうち指名手配されるのではないか、そしていつの間にか新しい防御物質が作られて攻撃されてしまうかも、と妄想してしまいます。

「僕は普段はずっと研究室の中です。」豊田さん・左 「しょっちゅう森で植物を探してます。」古谷さん・右
「僕は普段はずっと研究室の中です。」豊田さん・左 「しょっちゅう森で植物を探してます。」古谷さん・右

豊田 ないとは言い切れませんね(笑)。今までにない刺激を受けると、においなどで情報を伝えあったりして、森全体で危険に備えているかもしれません。実際に生態系の中で、ある木が虫などに食べられていると、周りの木は意外と食べられていないんですよ。

古谷 これだけさまざまな能力を持っていていろんなことを乗り越えている一方で、植物の被害もよく見られますよね。松枯れ(マツ材線虫病)も全国で起こっていますし。対応するスピードが遅いからなんでしょうか。

豊田 時間的なデメリットは確かにあります。たとえば昆虫はあっという間に葉を食べますが、それに反応して信号が送られるのは1秒間に約1mm。植物全体に情報が行き渡るのに2分かかる。一方で、たとえば枝を切って土に挿しておくと根が生えてくるように、再生能力や自由に変化する力は、圧倒的に植物が高いですね。

「まだわかっていないことも多いです。」豊田さん・左 「ほかにもいろんな能力がありそう。」古谷さん・右
「まだわかっていないことも多いです。」豊田さん・左 「ほかにもいろんな能力がありそう。」古谷さん・右

植物の力を生かした新しい農薬を開発中。

古谷 先生が行っている研究は、今後どんな分野に応用される可能性があるのでしょうか?

豊田 実際に今、民間企業と一緒に特許を出願しながら取り組んでいるのが、新しい農薬の開発です。先ほど紹介した、植物が葉を傷つけられたという情報を全身に伝える研究で、最初にグルタミン酸が出ることがわかったんです。

古谷 グルタミン酸! うまみ成分のひとつですよね。食に関わる仕事をしている私にとっては大事な成分です。

豊田 グルタミン酸は我々の脳内では神経伝達物質としても働く物質で、記憶や学習に関与していると考えられています。植物にも似たような仕組みがあって、虫に食べられると傷ついた細胞からグルタミン酸が出る。それを葉の細胞が受け取ることでカルシウムイオンの信号が全身に伝わり、防御反応を引き起こすことがわかりました。ですからグルタミン酸を使うことで、害虫を殺すのではなく、植物全体の抵抗力を上げる農薬を作ろうとしているんです。そうすれば環境や人体への負荷も少なくなるでしょうし、将来的には食糧問題の解決にも貢献できれば。

古谷 植物の育成剤に近いような、全く新しいタイプの農薬。おもしろいですね。私も木の栽培などを進めていきたいと思っているので、いずれ先生たちの研究成果が農業や林業の世界で活用される日を楽しみにしています!

「 いずれ農業や林業の分野に  活用される日が楽しみです。」古谷さん・左 「 植物の能力を活用すれば食糧問題を解決できるかも。」豊田さん・右
「 いずれ農業や林業の分野に 活用される日が楽しみです。」古谷さん・左 「 植物の能力を活用すれば食糧問題を解決できるかも。」豊田さん・右

今回ふたりが訪れたのは…国立科学博物館附属 自然教育園

画像提供:国立科学博物館附属自然教育園
画像提供:国立科学博物館附属自然教育園

東京都心にありながら約20ヘクタールの広大な面積を誇る森林緑地。イヌシデ・ケヤキなどの落葉樹、スダジイ・カシ類・マツ類などの常緑樹が広がり、四季を通じてさまざまな植物を観察できる。園内の植物には種名表示板や解説板が整備されているなど、自然を深く知るための工夫も。

●東京都港区白金台5・21・5
TEL.03・3441・7176(代表)

  • 豊田正嗣

    豊田正嗣 さん (とよた・まさつぐ)

    埼玉大学大学院 理工学研究科教授

    名古屋大学大学院医学系研究科博士課程修了。米ウィスコンシン大学などを経て現職。専門は生物物理学・植物生理学。

  • 古谷知華

    古谷知華 さん (ふるや・ともか)

    フードプロデューサー、起業家

    広告代理店勤務などを経て、2021年「日本草木研究所」を設立。"食"を通じて日本の山や林業の保存、活性化を目指す。

『クロワッサン』1124号より

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