考察『光る君へ』30話 晴明(ユースケ・サンタマリア)「いま、あなたさまの御心に浮かんでいる人に会いに行かれませ」道長(柄本佑)動いた、ついに来るか「いづれの御時にか」!
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
安倍晴明83歳
寛弘元年(1004年)7月。干ばつが都を襲い、わずかな水を巡り人々が争う。猛暑に苛まれ、虚ろな目で降雨を待つ民衆と、汗をぬぐう実資(秋山竜次)、道綱(上地雄輔)。テレビのこちら側の我々も猛暑の真っただ中にいるので共感してしまう。
一条帝(塩野瑛久)おん自らの雨乞いも陰陽寮の祈祷も功を奏さず、道長(柄本佑)は現役を退いた安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)に雨乞いの儀式を依頼した。
「雨乞いなど体がもちませぬ」
寛弘元年、安倍晴明83歳。そりゃ断られますって! 炎天下でおじいちゃんに無理させないで!
「何をくださいますか」
「私の寿命を10年やろう」
「まことに奪いますぞ?」
「構わぬ」
安倍晴明は、道長がどんな犠牲を払うか、常にそれを問う。国を率いる者としての覚悟が見えたとき力になってくれるのだ。そして行われる雨乞い──朗々と響く声と、剣をかざしての神秘的な儀式、五龍祭。
昭和を生きた漫画好きなので、雨乞いといえば『日出処の天子』(山岸凉子)の厩戸王子という人間である。しかし、これからはそれに『光る君へ』の安倍晴明を加えよう。そう言いたくなるほど、ユースケ・サンタマリアがよい。
14回(記事はこちら)でも述べたが、このドラマでは、呪術については「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」という見せ方を徹底している。
雨はいずれ必ず降るのだから、降るまで祈れば祈祷の効果があったように見える。降雨まで儀式を続けられる体力がなければそれまでだ。
しかし、倒れて雨に打たれる晴明、彼の隣で泣く須麻流(DAIKI)のふたりの姿を見たからには、死力を尽して見事に龍神を都の上空に招き、雨を降らせたのだと思いたい。
和泉式部登場!
清少納言(ファーストサマーウイカ)作・『枕草子』が宮中で大流行し、一条帝も皇后・定子(高畑充希)を偲んで愛読するようになる。ここまでは伊周(三浦翔平)の狙い通りだ。『枕草子』で帝を定子との思い出の中に閉じ込める作戦……。
帝の御前なので口には出さないが、「兄上の企みに俺は乗れんなあ」と無言で主張する隆家(竜星涼)。伊周の狙いの路線には彼以外誰も乗っていないのか。
公任(町田啓太)の嫡妻・敏子(柳生みゆ)が主催する四条宮邸和歌教室に、まひろ(吉高由里子)は講師として招かれている。そこには、かつて土御門殿のサロンに集っていたような姫君たちがいて、楽しげに歌や物語に親しむ。……参加者ではなく先生として座るまひろに時の流れを感じるとともに、吉高由里子の演技もさりげなく年を重ねて、中年女性としての佇まいを漂わせていることに感心する。
そして、その和歌教室に和泉式部(泉里香)登場! 濃い紅、しどけなく耳がちらちらと見える髪。セクスィー式部だ……まだ宮仕えしていないので、ドラマのこの時点では「あかね」という名。
こゑ聞けば暑さぞまさる蝉の羽も薄き衣は身に着たれども
(蝉の声を聞くといっそう暑い。蝉の羽のような薄い衣を着たというのに)
彼女が身に着けている透けた衣は『源氏物語』に登場する。
『源氏物語』第26帖「常夏」より。
……姫君は昼寝したまへるほどなり。羅(うすもの)の単衣を着たまひて臥したるさま、暑かはしくは見えず、いとらうたげにささやかなり。透きたまへる肌つきなど、いとうつくし。
(姫君=雲居の雁は昼寝なさっていた。羅の単衣をお召しになり横になっていらっしゃるご様子は、暑苦しく見えず、とても可愛らしく小柄である。透けてお見えになっている肌の感じなど、たいへん美しい)
ただしこの羅の単衣姿は、リラックススタイルであったのだそう。雲居の雁はこのあと、父・内大臣に「どうしてそんな油断した恰好で休んでいらっしゃるのですか」と諫められるのだ。服装だけでなく、周りに女房たちが侍っていない状態で昼寝していたことも含めて叱られる場面である。
対して、あかねが和歌教室にやってきた服装は、皆がお嬢様らしいワンピースやブラウス&スカートで集まったところにキャミソール姿で現れたようなものだろうか。
「皆さんもそうしません?」「先生(まひろ)も!」と他のメンバーだけでなく先生までキャミ姿にしようとする。フリーダム……!
敏子に遅刻を咎められて「親王様とお話していたので」。他の姫君からは「親王様がお放しにならなかったのではなくて?」と、からかわれる。
この「親王様♡」とは、冷泉天皇の第4皇子、敦道親王のこと。花山院(本郷奏多)と東宮・居貞親王(木村達成)の弟に当たる。和泉式部は冷泉天皇第3皇子・為尊親王の恋人であった。為尊親王はこの2年前──長保4年(1002年)に病没。悲しみに暮れる和泉式部を敦道親王は熱心に口説き、交際がスタートする。彼女が亡き兄親王と熱烈な弟親王との間で揺れ動き、しかし巧みに恋の駆け引きを展開するさまは『和泉式部日記』で語られる。
『紫式部日記』では和泉式部のことを、
「素敵な恋文を書くようだけれど、感心できないところがある」
「即興の文才があって、なにげない言葉にその才能の香りを感じる」
などと批評している。その文章さながらの登場だった。ただ、感心できないところがあるというのはこういう……TPO無視の服チョイスとか、昼間から酔っぱらって嘆きに見せかけたお惚気をかますとか。そういう意味ではないのではと思って観ていた。ふたりの親王に愛されて応えた、しかも兄親王が亡くなった後に弟親王の求愛に応えたことに、紫式部は少なからず非難の目を向けていたのではないだろうか。
和歌教室の皆が楽しみにして待っている、まひろ作「かささぎ語り」。古来、夜空の天の川に橋を架ける鳥という伝説を持つかささぎが、様々な男女関係を観察し語るオムニバス小説だろうか。
敏子もあかねも、他の姫君も夢中になっているあたり、まひろの物語作家としての才能が開花しているのが見えて、嬉しい。
子を思ふ道に惑いぬるかな
為時(岸谷五朗)と賢子(福元愛悠)、仲良しな祖父と孫の姿がよい。為時に、賢子に字を教えてやってくれ、甘やかさないでくれと言うまひろに、賢子はあきらかに不満を抱いて反抗している。うるっさいなあと唇をとんがらす賢子、憎たらしい態度を取ってもよちよち歩きの頃と変わらず愛らしい。
人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな
(親心は真っ暗ではないのだが、我が子のためという道では迷ってしまうのだよ)
2話(記事はこちら)でも登場した、紫式部の曾祖父・藤原兼輔の歌だ。2話では、まひろは娘である自分のことを気遣う父・為時を思い、この歌をなぞっていた。しかし親となった今は、娘・賢子の心配をしてこの歌が思い浮かぶようになっている。
彰子(見上愛)が養育する皇后・定子の遺児──敦康親王(池田旭陽)に会うために藤壺を訪れる一条帝。
「だんだん定子に似てきたな」
……それ、現后である彰子の前で言っちゃいます? そう思ったのは視聴者だけではない。
娘が帝から無視されていることに心を痛める母・倫子(黒木華)の悩みは、ますます深い。
「皇后様が亡くなられて4年だというのに」
「このままでは中宮様があまりにもみじめだわ」
そして、倫子は一条帝に直訴した。
「主上から中宮様のお目の向く先にお入りください」
謁見の場に同席した道長の肝を冷やす大胆な願い出。帝の目尻がチリッとヒリついた。聡明な倫子に似合わぬ発言だが、これも「子を思ふ道に惑いぬるかな」だろうか。
帝への直訴を巡り、意見対立する道長と倫子夫婦。倫子の、
「殿はいつも私の気持ちはおわかりになりませぬゆえ」
この言葉が切ない。夫の心に誰か知らない女が住んでいることには気づいていた。明子(瀧内公美)という他の妻がいることも当然だと思ってきた。だからといって平気なわけではない。そこに道長は気づいていない。夫婦としても父母としても夫とわかりあえないのならば、倫子の拠り所はどこにあるのだろう。
あなた様を照らす光
伊周(三浦翔平)の呪詛、まだやってた。しかしこれも「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」描写なのだが、29話(記事はこちら)と同じく伊周の呪詛が、道長と倫子との溝を深くしているようにも見える。倫子の血筋と財力、倫子が産んだ彰子は政治家・藤原道長の大きな支えなのだ。
しかし伊周も哀れである。宮中に新たな派閥を作るでなし、権謀術数を巡らせるでなし。道長を追い落とすための手段が『枕草子』頒布を除けば、呪詛だけとは……。
煮詰まった道長は、また安倍晴明のもとを訪ねる。雨乞いの無理が祟り、すっかり衰えた
安倍晴明が言う。
「いずれ必ずや光が差しまする」「もたねばそれまで」
雨乞いの儀式にも通じる、いずれ必ずや雨が降る、それまで体がもたねばそれだけのことだ、という晴明のルール。そしておそらく最期の助言、
「いま、あなたさまの御心に浮かんでいる人に会いに行かれませ。それこそが、あなた様を照らす光にございます」
難しいことを言う女にならないほうが
賢子に手習いを教えるまひろの目も口調も厳しい。まひろ……あなた自身は楽しく学問を身に付けたんじゃありませんか……とハラハラする。「あめ、つち」と書いているのを見て、これはもしや、14話(記事はこちら)で字を教えていた百姓の子・たね(竹澤咲子)の知的好奇心、向学心、賢さと無意識に比べてしまっているのではないかと思う。そちらにもハラハラする。
助け船を出す為時だが、
「学問が女を幸せにするとは限らぬ」「宣孝殿(佐々木蔵之介)のように、そなたの聡明さをめでてくれる殿御はそうはおらぬゆえ」
えええ……まひろの指導がへたっぴであることを諫めてるのかと思ったら。おじじ様、がっかりさせてくれるじゃん。そこに内記(公文書の交付や記録を扱った部署)に就職し、着物が立派になった惟規(のぶのり/高杉真宙)が訪ねてくる。何かフォローするのかと思ったら、
「賢子は姉上のように難しいことを言う女にならないほうがいいですよ。そのほうが幸せだから」
惟規は惟規で、わかったようなことを言ってくれるじゃないの。これはアレですか……ゆっくり朝寝をさせてくれる油小路の女が、姉とは正反対のタイプだから出てくる言葉ですか。アンタ、ちょっと通う先ができたからって女についての知見を得たとばかりに、つまんないことを言っちゃって!
「左大臣様からじきじきに位記(位を授けた者に与える公文書)の作成を命じられているのですから」
父・為時が左大臣家嫡男・頼通(大野遥斗)の家庭教師、弟・惟規は直接お役目を仰せつかる。道長、元カノとその家族をがっつり経済的援助している。
ところで、29話で明子(瀧内公美)の長男・巌君に舞楽で負けてしまい大泣きしていた田鶴君だが、元服して頼通となり為時の教え子として、
「夫れ呉人と越人は相憎むも、其の舟を同じくして済り、風に遭うにあたりて、其の相救うや左右の手の如し」
(呉人と越人は敵国同士であるが、同じ舟に乗り向かい風に遭ったら、左右の手のように協力して舟を進める)
四字熟語「呉越同舟」の出典『孫子』をすらすらと暗唱するくらいできる公達になっている。道長の後継者として、着々と成長しているのだ。教え甲斐のある生徒を得て、為時も嬉しそうである。花山帝・東宮時代の教室風景とは大違いだ。
四条宮邸和歌教室でまひろが皆に聞かせていた「かささぎ語り」は平安時代後期に成立した男女逆転モノの原点『とりかえばや物語』を思わせるが、内容は少し異なるようだ。
心から女になりたいと思っていた男と、心から男になりたいと思っていた女。
感想を語り合う際に「私は男になりたいと思ったことはないですわ」と困惑したように語る姫君たち。
「男であれば政に携われるかもしれないのですよ」と言うまひろに、
「でも偉くならなくてはそれもできないでしょう?」
男でなければそもそも、偉くなるための努力をすることすらできないのだが。
これが父や弟がいうところの「難しいことを言う女ではない」「女の幸せ」に近い姫君たちか……とでも言いたげなまひろの表情に、もどかしいよねえ、こういうの……と頷いてしまう。
その政に携わっている男たち、道長と公任、斉信(金田哲)、行成(渡辺大知)の酒宴。
野菜や肉を熱い汁で煮込んだ料理を中心とした宴会を「羹次(あつものついで)」というのだそうだ。鶏肉は天武天皇が禁じたので当時は食用とされなかったから、串焼の肉は雉だろうか。
清少納言の『枕草子』が政治的に脅威となっていることが語られ、斉信が
「ききょうめ、あんな才があるとは。手放さねばよかった」
え? ちょっとお待ちになって。さりげなく自分が捨てた女のように言ってますけど、あなた17話(記事はこちら)で「深い仲となったからって自分の女みたいに言わないで」て言われてましたよね……? もうあの時点で、どちらかというとフラれモードでしたよね?
『枕草子』に対抗できる作品を作るべきではないかという流れで、公任の「自分の妻のところに面白い物語を書く女が出入りしている」という話題から「藤原為時の娘」……まひろに繋がった!ときめきと動揺を押し隠し「ふーん」と言っている道長の表情が傑作であった。
ついに来る「いづれの御時にか」
賢子原稿放火事件。貴族の娘なら乳母がいて世話をするから、昭和から平成初期の親子ドラマのように「お母さんは仕事ばっかり! ちっとも構ってくれない!」と娘が母を糾弾する展開はないだろうと思っていたのだけれど、賢子の乳母は29話で困窮を恐れ、逃げ出してしまったのだった。あの乳母逃亡はここに繋がるのか。
いと(信川清順)がいてくれるけれど、賢子にとって、彼女は乳母とも母・まひろとも、ちょっと違う存在なのかもしれない。
そして! 晴明の助言に従い、道長が家に直接きちゃった! 目立たないよう、ちゃんと地味めの装束で身をやつして。ソウルメイト──秘密の関係男女の再会……!
次回予告。
道長と賢子ご対面。惟規の毒舌が止まらない。道長と倫子、夫婦の亀裂が中宮様に気づかれちゃったじゃないの……和泉式部「黒髪の」……!和歌ファン来週も大歓喜。待って待って。実資様、女性と御簾に入りながら「忙しい」とは? まひろと道長が共に直秀(毎熊克哉)を思い出す……ついに、ついに来る。「いづれの御時にか」!!! 予告を見たこの瞬間、日本全国で叫んだ源氏物語ファンは多いと信じてる!
31話が本当に本当に楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静
制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、吉田羊、ユースケ・サンタマリア、佐々木蔵之介、岸谷五朗 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
*このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。
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