考察『光る君へ』25話 まひろ(吉高由里子)を娶ったとわざわざ報告する宣孝(佐々木蔵之介)、動揺を隠せない道長(柄本佑)
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
為時は堅物すぎる?
越前の冬。越前和紙の昔ながらの製法が映し出される。昔も今も、越前和紙は高級品だ。
租税として朝廷に納められる以上の紙が届いているのに気づいた為時(岸谷五朗)……今まではその分を国守が受け取っていたらしい。
ただ、これは違法行為とは言い難い。国守は決められた分の租税を徴収して朝廷に納めていれば、あとは自分の裁量で儲けてもよいという仕組みだったからだ。
だからこそみな、豊かな大国(経済力などを基に四等級に分けた行政区分のひとつ。ドラマレビュー18回参照)の国守になりたがるのだ。
懐に入れられる筈の紙を返すだなんて、さすが為時。しかし村長に拒否される。
村長「4年で都に帰る国守様にはおわかりになりますまい」
高級品を折角作っても流通ルートが確保できない民たちは、都と直接繋がりのある役人にすがるしかない。そして、いくら為時が搾取を戒めても、次の国守がそうしてくれるとは限らない。しかもこれまで彼らから搾り取ることが当たり前だった人間たちから復讐されるかもしれない。そのとき民を守ってくれる為時はいないのだ。
地方政治も、中央政治と同じく難しい……。
大宰府で筑前守として相当うまくやっていたであろう宣孝(佐々木蔵之介)を思い浮かべ、為時はまひろ(吉高由里子)に都に帰るよう促す。
まひろ「こんなに筆まめな方とは知りませんでした」
為時「そこまでするのは宣孝殿が本気だということであろう」
ん。待って。女にまめな男の本気と、真面目で堅物な為時の考える本気って、別ベクトルのものじゃありません? と、少々心配になる。が、
「宣孝殿には妻がおるし、妾も何人もおる」
「お前は潔癖ゆえ、そのことで傷つかぬよう心構えはしておけよ」
一応そういった危惧はしてるんですね父上。ちょっと安心。そして確かめてみよと、彼を受け入れるかどうかは娘に任せるんですね。懐が深い。
「私は誰を思って都に帰るのだろう」
初めて誰かの妻……妾になろうとする、まひろの心は小さく波立つ。
道長と倫子の子どもたち
道長(柄本佑)が倫子(黒木華)との間にもうけた子らが出てきた。長男の田鶴(小林篤弘)──のちの頼通。次女・妍子(きよこ/原春奈)と、せ君(加藤侑大)と呼ばれているのは、おそらくのちの教通。子ども達が道長に抱っこをせがむ場面に心温まる。
ここには道長の長女だけがいない。そう、彰子は抱っこをせがむような年齢ではない、もう少女……10歳くらいになっている筈だ。
道長のプライベートの場、家族と話すときのリラックスした喋り方がよい。姉・詮子(吉田羊)と我が子たちとの会話の声のトーンや間(ま)は、明らかに他の人物と会話する場面と違う。柄本佑の細やかな演技が楽しい。
それぞれの「いい人」
まひろが都の自宅に帰ってきた。いと(信川清順)と惟規(高杉真宙)久しぶり! 無事でよかった。さわ(野村麻純)の死があったので、気が気ではなかった。で、そこから覗いている男性。まひろと一緒に「……だれ?」
えっ。えっ、えっ。いとの「いい人」!? 福丸(勢登健雄)……他に妻がいる男、それでもふたりでいるときはまるで夫婦のように息が合っている。
そして、まひろが船で琵琶湖を渡る場面から一緒に乗っている若い女性が気になっていたが……乙丸にも「いい人」!!! 丈夫そうで可愛い、きぬ(蔵下穂波)。お互い、旅の疲れを優しく気遣っている。よかったねえ。
まひろ「世話になった人には幸せになってもらいたい」
視聴者として同じ思いですよ……いとと乙丸が幸せなのは嬉しい。
まひろの帰京を聞きつけて、さっそく宣孝がすっ飛んできた。
夜の祝宴で宣孝が歌うのは『催馬楽』(さいばら/平安時代の風俗歌)の一曲、『河口』だ。
河口の関の新垣や守れども はれ守れども 出でて我寝ぬや……
(河口の関の新垣よ、守っていても、それ守っていてもだね、抜け出して私は寝てしまったのだよ ※娘をしっかり守っているつもりでも、娘はこっそり男と寝てしまったのだ)
歌いながらまひろを指す。歌詞は訳のとおり、ちょっとスケベなものなのだ。
困ったように微笑む、まひろ……その様子を見て「!そういうこと!?」と気づく惟規。
この歌は『源氏物語』第三十三帖「藤葉裏」で引用される。親の目を盗んで思いを交わしていた恋人同士……夕霧と雲居の雁が、晴れて公に結ばれる場面の会話でだ。
お宝をお使いなされ
安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)が、道長にだけ伝える凶事の予言。
道長「地震か疫病か火事か日食か嵐か、はたまた大水か」
晴明「それら全てにございます」
天子の政が自然現象に影響すると考えられた時代だ。悪政を行えば天変地異を呼び、善政の下には瑞兆が現れるという。一条帝(塩野瑛久)にこの不吉を伝えなかったのは、言っても無駄だというのが理由だろう。
晴明「災いの根本を取り除かねば、何をやっても無駄にございます」「お宝をお使いなされませ」
災いの根本とは、帝の定子(高畑充希)への執着を指しているのか。女に夢中になっているのなら道長の掌中の宝で引き剥がせと……? その宝とは一体。来週以降、明らかになる。
定子の恐れ
晴明が見抜いていたとおり、一条帝は内裏を出て真昼間から職御曹司(しきのみぞうし)で中宮・定子と睦み合う。定子は再び政治的に追い込まれることを恐れ「私と脩子(ながこ)のそばに主上がいてくださるだけで十分でございます」と言うが、それが女のいじらしさと男の眼には映り、ますます愛おしさが募る。困ったもんだね! 男の気を引くための手練手管じゃないのだ、定子は孤立無援の恐ろしさを嫌というほど味わった後なのだから。
兄・伊周(三浦翔平)まで職御曹司に出入りしたら更にまずいと感じて断ろうとする定子、17話(記事はこちら)で先例を調べさせて伊周を内覧にしようと帝に働きかけたことといい、彼女は少なくとも兄よりは政治的センスがあるように思える。
……と、意気揚々と職御曹司に乗り込んでくる伊周の顔を見ながら考えた。
気の毒な行成
晴明が予言した凶事のうち、日食と地震は防ぎようがない。大火も木造建築が密集した都で未然に防ぐのは難しいだろう。防疫もこの時代では同じく。そうなると、備えることができるのは大水……堤防の補修補強だ。
やれることがあるのなら一つでもやっておこうと、道長は鴨川の堤防補強工事に着手したいが、帝が内裏にいない。
この25話で一番気の毒な登場人物は、蔵人頭・行成(渡辺大知)だ。
堤防補強工事の勅許を得よという道長と、中宮とのイチャイチャを邪魔されたくない一条帝との板挟みで、右往左往させられた。
気の毒ではあるのだが、これが同じ蔵人頭だった実資(秋山竜次)であったらと想像する。昼も夜も職御曹司にいる帝から「無礼であるぞ」と叱責されて、彼なら「失礼つかまつりました」と引き下がったかどうか。帝が内裏に座し奉らず、政を疎かになさるなど前代未聞! と言い返したのではないか。行成の優しさが今回はマイナスに働いている。それを思うと、道長の行成への厳しい態度もわからなくはないのだ。
伊周と『枕草子』
職御曹司で『枕草子』を読む伊周の傍に控えている清少納言(ファーストサマーウイカ)の表情を見ると、彼に気を許していない……というか中宮への「皇子を産め!」の暴言(18話)を許していないのだろう。無礼にならない程度に、どことなく冷たい。
ドラマではその伊周の手によって、中宮さまの為だけに書いた作品が広められる。
伊周「これが評判になれば、皆もここに面白い女房がいると興味を持とう。皆が集まれば、この場も華やぐ。中宮さまの隆盛を取り戻すことができる」
文学作品の政治利用が始まってしまった。
伊周「少納言。お前は次を書け」
大丈夫? ききょうさん、代わりに言ってあげようか?
アンタに命令されたくないわ。
ドラマは政治劇へ
そしてついに恐れていた事態が……。鴨川の堤防が決壊する。洪水により衛生状態が悪化すれば疫病が蔓延するし、感染症が農村に広がれば田畑を耕す人が減って収穫に影響し、飢饉を招くだろう。凶事の連鎖だ。
洪水が都を襲っても、職御曹司では帝と中宮が詩歌と音楽を楽しむ。笛を吹く公任(町田啓太)の背後では雨が降り続いていて、かつて雪に照らされた登華殿の晴れやかさとは違い、全体的に薄暗い。
公任が下の句で問いかけ、清少納言が上の句をつけた
「空寒み花にまがへて散る雪にすこし春ある心地こそすれ」
(冷え込んだ空に花と見まごうような雪が散っています。少し春めいた気がいたします)
この歌は『枕草子』の「二月つごもりごろに」で有名だ。
公任からの文の「すこし春ある」で白楽天『白氏文集』「南秦雪」の一節「山寒少有春」だと気づき、更にそこに同じ漢詩から「雲冷多飛雪」の一節を取り出したうえでアレンジし和歌に仕上げた。清少納言の漢詩の知識と機知とセンスが冴えわたるエピソードである。
しかし雅やかな宮廷のゲームから一転、ここからドラマは政治劇に移る。
道長による、帝への堤防決壊大災害の報告と左大臣辞めます宣言。辞めさせられるわけがないとわかっていての辞表提出は、帝を内裏、政治に立ち返らせるための政治的駆け引きなのだが、
「民の命が失われました。その罪は極めて重く」「こたびの失態」
微かに震える声に、本来は守られたはずの命が失われたことへの怒りと悲しみが滲む。このドラマの道長の政に対する理念の背景には、9話(記事はこちら)で死なせてしまった直秀(毎熊克哉)と、散楽一座がいるのだ。道長は彼らの死をずっと抱えて生きている。
ウニを獲る海女
洪水被害はまひろの住む地域にも及んでいた。
いとの福丸への「男はこういうのが尊い」評は、田辺聖子『私本・源氏物語』に出てくるたくましい中年女のようだ。光源氏に仕える中年男性を主人公に、乙丸や百舌彦たちのような
庶民の暮らしと男女関係も描かれているので、おすすめしたい。
そしてきぬちゃん、ウニを獲る海女だったのだね! きぬ役の蔵下穂波は、2013年の朝ドラ『あまちゃん』に出演していた。もしや、それに繋げての設定か。
宣孝は気づいていた
まひろを娶りますと、道長にわざわざ報告して反応を楽しむ宣孝。それを聞いた瞬間、めりめりっと書類を握り潰しそうになる道長に大笑いしてしまった。ごめんね道長。
そして一方で宣孝は、まひろには「左大臣様にお前を妻としたい旨もお伝えした」「あとから意地悪されては困るからな」と告げる。
宣孝はやはり4話の時点で、まひろといる三郎が右大臣家の三男坊・道長だと気づいていたのでは……ドラマレビュー4回(記事はこちら)でもそのことは書いた。
ところで、この場面でまひろが読み上げているのは白楽天『新楽府』だ。
「君の目は見えず門前の事……」
君とは君主、天子のこと。天子には宮殿の門前で起こっていることは見えていない、という意味だ。民の苦しみが目に入っていないような帝政の批判のように聞こえる。
職御曹司の場面で、公任と白楽天の漢詩を題材に優雅に和歌を作った清少納言を描写し、洪水に見舞われ泥だらけの自宅で同じく白楽天の詩を読む紫式部を描く。
香炉峰の雪の登華殿と疫病の悲田院とを対比させた、16話(記事はこちら)と同じ構図だった。
初々しくない初夜
百舌彦(本多力)がまひろのもとに、道長からの結婚の祝い品を運んできた。
「長い月日が流れましたので」「まことに」
ふたりの間に流れる、万感の思い。そして祝辞は、道長自筆ではなかった。
心を決めた、祝い品だ。
それを受けてまひろは決心した。文を書き、乙丸に託す。
彼はまひろと道長、ふたりを見守ってきた。正式に通わず、姫様を廃屋に呼び出して体を重ねるだけという道長に、11話(記事はこちら)では「もういいかげんにしてくださいませ!」と怒りの抗議をしたことすらある。
そして姫様は今夜、宣孝様を婿としてお迎えになる……。
百舌彦と同様、乙丸の胸にも様々な思いが押し寄せているのではないか。乙丸、まひろが子を産んだら感極まって泣いちゃいそうである。
そしてついに、まひろは宣孝を夫として迎え入れた。
ぜんぜん初々しくない初夜。しかし官能的な女の顔である。これまでの長い時間と経験が、まひろにこの表情をさせているのだ。吉高由里子、あっぱれな芝居だった。
初夜の翌日は予言通りの日食。「不吉の象徴である」……な、なにが不吉? ふたりの結婚?
次週予告。道長と倫子の長女・彰子(見上愛)登場! すごい、道長に似てる! 女院・詮子は元気になったみたいです。実資は二週連続で日記執筆。次回も帝と中宮はイチャイチャします。道長、閨閥政治に本気出す……愛娘をいけにえとする以上、本気を出さねばなるまいて。宣孝「お考えにはならないよ?」。女が男に灰をぶつける、『源氏物語』髭黒右大将・北の方エピソードは作者の経験からなのか?
26話も楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静
制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、吉田羊、ユースケ・サンタマリア、佐々木蔵之介、岸谷五朗 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
*このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。
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