考察『光る君へ』17話「あの歌で貴子と決めた」道隆(井浦新)が見失わなかった愛、まひろ(吉高由里子)は友への強い思いで筆をとる
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
道長の絶望
まひろ(吉高由里子)が疫病から快復、乙丸(矢部太郎)も無事でよかった!道長(柄本佑)の腕に抱かれたこと、看病されたことが夢ではなかった……とひとり微笑むまひろの表情に趣がある。
疫病の対策を重ねて進言する道長、その話を聞きながらも絶え間なく水を飲む道隆(井浦新)。
「お前と道兼(玉置玲央)はなにゆえ手を組んでおる」「まさか、私を追い落とそうというのではあるまいな」
国を思うゆえだ、民のことを考えるゆえだという理由は道隆の脳裏には露ほども浮かばない。固く目を閉じる道長の横顔には、幾度も重ねてきた建白が、兄である関白にまったく通じていなかったのだという絶望が浮かぶ。
この時代の「男の人生」
明子(瀧内公美)に、男子(のちの藤原頼宗)の次は娘を産んで入内させろという兄・俊賢(本田大輔)。
「そういうことしかお考えにならないのね」
「男の人生とはそういうものだ」
実際、第1話(記事はこちら)の兼家(段田安則)に始まり、先週第16話(記事はこちら)の公任(町田啓太)といい、姫を入内させるビジョンを口にする男性貴族がたびたび出てくる。愛娘にそうしたことを望まない道長が、この時代いかに特殊かわかる。……史実を考えると、このドラマの道長は一体なにがどうなってああなるのだろうか。
「悲田院におでましになった日、どちらにお泊りでしたの? 高松殿(明子のところ)ではありませんでしたわね?」
倫子(黒木華)が、ダイレクトに質問した。
内裏で朝まで仕事しておった、という道長の嘘……倫子にはすぐバレるだろうと思ったら、秒でバレてた。倫子のこの表情はバレてる、そして怒っている。笑っている目に一瞬だけ怒りの炎を灯らせる、黒木華がさすがである。
他に女がいるというのはこの時代は当たり前だが、なぜ嘘をつくのか。そこに怒りを覚えるのではないか。どうしても隠したい女の存在は、疑念と執着を生むだろう。
秒速でバレたということにも、倫子の怒りにも道長が気づいてなさげなのがつらい。嘘をついたにせよ、倫子の感情の変化にせめてもうすこし関心があれば、妻として救われるだろうに。
百舌彦と乙丸
今週の癒し、百舌彦(本多力)と乙丸(矢部太郎)。
お互い、従者の忠告を聞いてくれない主人を持つ者同士、なんとなく気が合うのだろうか。まひろと道長が子どもの頃から仕えていて、ふたりとも当時としては結構な年齢になってきているのではないか……第1話の時点で10代だった、びっくりするほど老け顔の少年だった可能性はあるが。とにかく長生きしてほしい、できれば最終回までふたり揃っていてほしい。
伊周の情事がのちに……
伊周(三浦翔平)の通う女……「かりそめのおなごにしては、大物だと」と隆家(竜星涼)がいうその女性は、先の太政大臣・為密(阪田マサノブ)の娘。斉信(金田哲)の妹、つまり花山帝(本郷奏多)が心から愛した忯子(井上咲楽)の妹でもある。
前太政大臣の娘で、帝の亡き寵姫の妹。伊周には既に、第14話(記事はこちら)で貴子が和歌の会を催した時に選んだ嫡妻がいるから、正式な婿入り先ではない。隆家の言葉どおり「大物」の印象だ。
こっそり通っているこの情事がのちに、都を揺るがす大事件に繋がってしまう。
ちなみに、伊周がこのとき「家にいると子が泣いてうるさいのだ」と言っている「子」とは、のちに乱行が過ぎて「荒三位」と称される藤原道雅ではないだろうか。幼児のころから暴れているということか。
小倉百人一首
今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな
(逢えない今となってはもう、あなたを諦めてしまおう……そのことを人づてでなく、あなたに直接逢ってお伝えしたい。その方法があればいいのに)
成長してこの歌の作者となる子である。
いいぞ、ききょう!
斉信と清少納言(ファーストサマーウイカ)の「けしからん」関係。
「深い仲になったからといって、自分の女みたいに言わないで」
ヒュー!!いいぞ、ききょう!それでこそ、このドラマの清☆少納言!
『枕草子』には、清少納言が斉信と漢詩をもとに知的なやり取りを楽しんだこと、囲碁の手を男女関係になぞらえてふたりだけに通じる会話をしていたことが書かれている。清少納言にしてみれば、藤原斉信という当代きっての貴公子とそこまでの交流があったのは、書き留めておきたい、ぶっちゃけていえば自慢したいエピソードであったろう。
この作品ではそれをパッと見てわかりやすく、恋の駆け引きを楽しむ男女として描いた。
それは呪詛ではございません
じわじわと病に蝕まれる様が描かれていた道隆、ついに倒れる。
安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)「それは呪詛ではございません。畏れながらご寿命が尽きようとしております」
きっぱり言うなあ……第13話(記事はこちら)での老いた兼家(段田安則)との対面でも、もう長くないと見てのシラケ顔が凄かったのを思い出す。長命を祈祷せよと命じられて帰宅後、須麻流(DAIKI)に「お前でよい」と丸投げである。
「せめてお苦しみが少ないよう、祈っておきます」という須麻流、いいひと……。
「長徳」の是非
今は天皇が替わった時のみに変わる元号だが、昔はおめでたいことが起こったとき、あるいは禍々しいことが起こったときにも改元した。現代風に言えばリセット、リスタートの意味合いがこめられているのかもしれない。
疫病が蔓延する世の流れを変えようと改元を進言する道隆だが、それが「長徳」であることに、蔵人頭・俊賢の筆が一瞬止まる。
そして「長徳」の是非を皆が渋い顔で審議する陣定。
「ちょうとく?」なぜこの元号に皆が暗い顔をするのか。
『小右記』に、はっきりと問題視する言葉が残されている。
「長徳、俗忌有るに似る。長毒と謂ふべきか」
(長徳は縁起が悪い。長毒、長い毒に通じてしまう)
ところで、道綱(上地雄介)の隣で「ちょうとく? なにが悪いのです?」とピンと来ていない顕光(宮川一朗太)は、第7話(記事はこちら)で亡き忯子を皇后にという陣定の際、皆が「ありえません」など意見を言う中で、ひとりだけ「わかりません」と言っていた男である。『小右記』で実資(秋山竜次)は、道綱のことを「一文不通(何も知らない)」「自分の名前くらいしか漢字を読めない」と、顕光を「彼の失敗を全部記したら、筆がすり減ってしまう」とボロクソにけなし、そのふたりがツーショットで並んでいる。
そしてここでは、もうひとり。平惟仲(佐古井隆之)が公卿になっている。第1話で為時が東三条邸を訪問して兼家(段田安則)に取り次いでほしい、と頼んでいた家司(上級貴族のスタッフ)である。彼は兼家、道隆の父子に気に入られ、ついに政策審議する場に出入りするまで出世した。ちなみに第14話で道兼の嫡妻・繁子(山田キヌヲ)が「好きな殿御ができました」と離婚を申し出て家を出るが、繁子が再婚したのはこの惟仲である。
この陣定シーンは毎回台詞と共に配置が凝っていて、しかも伏線が張られている場合もあり、おじさんだらけの上に黒一色で地味かもしれないが、しっかり見ておきたい場面だ。
詮子と定子
女院・詮子(吉田羊)が政治家として立つ。
「他の公卿を取り込んでおくわ。そもそも、大納言も公卿も参議も、伊周が嫌いだから」
おお~……となる道長と道兼。話し合う内容は極めて重いが、この兄妹弟、家族ならではの空気がちょっと軽くて好きだ。
そして、中宮・定子(高畑充希)も政治力を政治力を振るって、兄・伊周を内覧にしようとする。内覧になってしまえば関白も同然だからと。
伊周が言うように定子はすごい、男であったら伊周は敵わないかも。しかし、いかんせん
このとき伊周21歳、一条帝(塩野瑛久)が15歳。道隆の代わりに政の一切を任せるには、あまりにも若い。
紫式部への新たな一歩
まひろが書写するのは「胡蝶の夢」。中国の思想家・荘子の説話である。夢の中で蝶になって飛んでいた。夢から覚めたが、本来の自分は夢の中の蝶であって、蝶が見ている夢が今、まさにここなのでは……というもの。
さわとまひろが仲直りした、よかったね。疫病は厄災そのものだが、さわは人の命の儚さを知った。雨降って地固まるだ。そして送られてきたまひろの文を書き写していた、さわ。
「まひろ様に追いつきたいと思っておりました」
さわは、家庭では「どうでもいい子」だった女性である。まひろのように書物に囲まれ、学者である父の言葉を聞いて育ったわけではない。倫子のように、よい家庭教師をつけられ教育を受けたわけでもない。
それでもいま、彼女は自分で学ぼうとしている。
まひろの字を真似ることは、手習いになるだろう。和歌が添えられていれば、この意味は? この歌枕はどこだろう? なぜそれが読み込まれているのかしら? と考えたりするだろう。私にはわからないと憤った『蜻蛉日記』を読むかもしれない。
まひろとの友情が、さわ自身の世界を大きく拓いてゆくのだ。
そしてまひろは、自分の書くものが、他の誰かの、世界への扉となることを知った。
「何を書きたいのかわからない。けれど、筆をとらずにはいられない」
さわとの仲直りは作家・紫式部への、新たな一歩となった。まひろは自分の書くものに力があると知ったのだ。また、この場面は音楽との一体感が素晴らしい。毎回、まひろが思いを胸に筆を取る場面のBGMがいい、いつも拍手している。
御簾を下ろさせる清少納言
「皇子を産め」と定子に迫る道隆の、必死にあがき続ける姿が描かれる。だが権力の及ばぬことはどうにもならない。異様な様子を察知して、女房たちに急いで御簾を下ろさせる清少納言。16話の香炉峰の雪場面とは一転、薄暗くなる登華殿。
皇子がないゆえ帝の御心が揺れるのだと父に責め立てられる定子を見る清少納言の目に、うっすらと涙がにじむ。すべてが明るく、軽やかに描かれる『枕草子』と、それを手がけた清少納言の真の力が発揮されるのは、まさにここからだ。
それにしても前半の俊賢といい……入内させる駒としての娘を産めだの、入内した娘には皇子(男子)を産めだの。みんな好き勝手なことを言うのぉ!
井浦新の鬼気迫る芝居
疫病がついに内裏に侵入、公卿たちの間にも広がってしまった。実資は「疫病が内裏に入り込んだことは、全て関白様の横暴のせい」と憤る。これ、もしや悲田院に道兼と道長が足を運んだのが原因になってない……? いやでも、ふたりが直接あの場に行ったのは疫病対策を関白に掛け合っても相手にされなかったからなので、実資の言葉は当たらずとも遠からずなのか? と、どうとでも解釈できるようになっているのがドラマとして巧い。
帝の御簾を巻きあげてまで伊周を関白にと訴える道隆、井浦新の鬼気迫る芝居に2012年大河ドラマ『平清盛』の崇徳院を思い出す。あの時もすさまじかった。
道隆と貴子
病床で出会った頃のことを静かに語りあう、道隆と貴子(板谷由夏)の姿に泣く。
小倉百人一首
忘れじの行く末まではかたければ今日をかぎりの命ともがな
(けして忘れないと、いつまでも私を思ってくださると、そうした約束は永遠ではないのですから。その言葉を聞いた今日幸せなまま死んでしまいたい)
スンと澄ました女から、こんなにも熱く激しい歌をもらったら一気に深く惚れてしまうだろう。
「あの歌で貴子と決めた」
このドラマの中での道隆は権力に振り回され溺れ、為政者としての仁徳を見失ったかもしれない。しかし夫婦の愛だけは最後まで見失わなかった。胡蝶の夢……権力者としての道隆が真実か、家族を愛し妻と微笑みあう道隆が真実か。彼は最期に、悪夢から覚めることができたのだと思いたい。
兼家は寧子(財前直見)と輝かしき若き日を振り返り、道隆は貴子にあたたかく見守られてこの世を去った。ふたりとも、愛する女から送られた和歌を口ずさんで。
ふと、道長の最期はどうなのかと思う。倫子は一通も道長から文を送られたことはないと言い、嘘をつく夫に憤っている。このドラマの中で描かれるかはわからないが、彼の最期は誰が傍にいて、どんな言葉を交わすのだろう。
次週予告。宣孝(佐々木蔵之介)がまひろをひとりの女として扱い始めるぞ! 定子への「皇子を産め」の呪いが終わらない。おひさしぶり穆子(むつこ/石野真子)と倫子、なかよし母娘。2週続けて心配している実資。帝の美しい閨場面part2。道兼、倒れる!、ききょう「なんであなたが彼を知ってるの」。またも、六条の廃墟がふたりの岐路に。
第18話が楽しみですね。
NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静
制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、井浦新、吉田羊、ユースケ・サンタマリア、佐々木蔵之介、岸谷五朗 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
*このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。