『枕草子の楽しみかた』著者、林 望さんインタビュー。「あるある話の集大成が枕草子なんです」
撮影・黒川ひろみ 文・中條裕子
「あるある話の集大成が枕草子なんです」
開口一番、「おもしろかったでしょ?」と、林望さん。確かに一読すると、清少納言の印象がガラリと変わること請け合いなのだ。
「やっぱり教科書に出てくるところを読むと、なんだか雅やかな難しい女房文学だと敬遠してしまうじゃない? 自分も実際きちんと読んでみて初めて『なんだ、こんなおもしろいところがいっぱいあったんじゃないか』と、意外の感に打たれましたね。しんねりむっつりした世界ではなく、いわゆる田辺聖子の世界かな、と。ズバズバ言いたい放題で、下ネタみたいなものもいっぱい出てくるし」
本書では、まず林さんが「読んでとびきりにおもしろいと思ったところ」を抜き出した原文、続けて想像力を全開にして書き下ろした現代語訳があり、その後にどう読むべきかという解説が付け加えられている。
たとえば、お気に入りの男たちや揺れる女心といった男女の機微について、また、舌打ちしたくなるものやガッカリなものといった「ああ、そうだよねえ」と共感できる事柄について、原文とそれを伝える生き生きとした現代語訳と合わせ、縦横無尽に語られているのである。これが、おもしろくないわけがないのだ。
「こういう男はいい男、こういう男は悪い男、なんて話もあったり。つまり、これは当時の宮廷あるある話なんですね。それは、実は現代でもあるあるだな、と。そういう話の集大成が枕草子なのだから、もっと広く読まれてもいいのではないかと思うんだけどね」
今の私たちが読んでも膝を打って共感できるようなエピソードが満載なのに、なかなか教科書では取り上げられないのが残念だという。実際に林さんが選んで訳した文章を読むと、清少納言の意外にもかわいらしい一面を垣間見ることができる。
いつまでも変わらない心がある、それが枕草子のおもしろさ。
「この中に出てくる男の人たちに対する、ほんのりした思いなんてまるで少女のよう。『あの人からの手紙が来ない』と入り口辺りを一日中眺めていると、夕方雨がザアザア降っている中にようやくやってきて『わっ!』と喜ぶところなどが出てくるわけ。今ならラインがなかなか既読にならないなあ、なんていうのと一緒。そういう千古不易の心があるから、枕草子はおもしろいんですね」
林さんが古典論の本を書くようになったのは、古典はおもしろいぞというのを噛み砕いて伝えることで、ぜひ若い人をはじめ皆にわかってほしいという一心からだった。まさに古典の伝道師である。
最後に、清少納言の一番の魅力について聞いてみると……。
「この人、本当はシャイな人だと思いますね。ズバズバ言いたい放題のようだけど、口に出して言っているのではなくて、密かに書いているだけだから。実際は、すごく控えめで魅力的な人だったのではないか、と。そういう意味で、清少納言にはちょっと会ってみたいな、と思うんです」
『クロワッサン』1110号より