鉄道について、ゆっくり話そう。【六角精児さん×酒井順子さん 対談】
あらゆる角度から鉄道の魅力を味わいます。
撮影・青木和義 スタイリング・秋山貴紀(六角さん) ヘア&メイク・山北真佐美(WEST FURIE/六角さん) 文・嶌 陽子 写真・アフロ 撮影協力・バー銀座 シュッシュポポン
好きなように過ごせる、気楽な乗り物ですよね。(六角さん)
”お任せして委ねられる”ところが好きです。(酒井さん)
列車に乗ってお酒を楽しむ”呑み鉄”の六角精児さんと、”女子鉄”のパイオニア・酒井順子さん。ベテラン鉄道ファン2人の対談は、鉄道との出合いの話から始まりました。
六角精児さん(以下、六角) 僕は子どもの頃、小田急の特急ロマンスカーに憧れたのが原点ですかね。当時は3100形っていう車両で、運転席が2階で1階の先頭は展望席。なんだか未来を感じて「格好いいなあ」と憧れてました。でも学生時代は音楽などに興味が移って、鉄道にはのめり込んでいなかった。再び目覚めたのは30代半ば。その頃、ギャンブルにハマってしまっていて、これはいかん、何か別の趣味を持とうと鉄道に乗り始めたら、すごく楽しくなっちゃった。
酒井順子さん(以下、酒井) 珍しいパターンですね。男性鉄道ファンは幼い頃からずっと鉄道好きっていう“ナチュラルボーン鉄”が多い気がします。一度鉄道から離れてまた戻ってくるっていう人に会ったのは初めてかも。
六角 長年離れていたから、いわゆる鉄道オタクの人たちと比べて知識も深くないし、わりと客観的な鉄道ファンなんですよ。だから酒井さんの書かれたものを読むと、興味の範囲が似ている部分もある気がして。鉄道そのものも好きだけれど、旅も好きっていう。
酒井 私は鉄道紀行がきっかけなんです。宮脇俊三と内田百閒という二大鉄道紀行作家の本を、中学生の頃に父親が買ってきてくれて。読んでみたら「こんな世界があるんだ!」と新鮮な驚きを得て、鉄道に興味を持つようになったんです。
六角 宮脇俊三さんの本に触発されて乗った鉄道はあるんですか?
酒井 20代後半の頃は一番“乗り盛り”だったんですが(笑)、その頃はよく宮脇さんの本に出てきた鉄道に乗っていましたね。歴史や、車窓風景から何がわかるかなどを教えられるので、すごく面白いんです。
六角 鉄道に乗ることの魅力みたいなことが文章に溢れてますよね。
酒井 全国の鉄道が登場しますが、東京近郊の路線も見逃せません。八王子と群馬の高崎を結ぶ八高(はちこう)線とか、神奈川県の鶴見線とか。
六角 鶴見線は工場地帯に作られた、不思議な鉄道。異世界を知る感じがします。ローカル感を満喫できるのは八高線。一部が電化されていなくてディーゼルカーが走っている。そんな鉄道は、首都圏には今あまりないでしょう。
酒井さんが鉄道に目覚めた2つの作品。
1978年に発表された紀行作家・宮脇俊三のデビュー作。
当時の国鉄の国内全路線を完全乗車した記録が綴られる。『時刻表2万キロ』(河出文庫)。
特に用事はなくとも鉄道に乗ること自体を楽しむ、元祖"乗り鉄"の内田百閒による鉄道紀行。1952年刊行。『第一阿房列車』(新潮文庫)。
朝、手ぶらでふらっと家を出て大糸線に乗って糸魚川まで。
六角 実は僕、つい2日前に大糸線に乗ってきたんです。朝なんとなく家を出て、ふらっとJRで八王子まで行って。そこから〈あずさ〉に乗って松本に着いて、松本駅で立ち食いそばを食べてる時に、大糸線に乗ろうって決めた。でも半袖と短パンで家を出てきたから、寒くてね。南小谷(みなみおたり)駅の乗り換えホームで震えてました(笑)。結局、糸魚川(いといがわ)駅まで乗って新幹線で帰ってきたんですが。そんなふうに、その日に思い立って時刻表だけ持って、目的を決めずに乗ることもあります。
酒井 その日に思い立って乗るのはすごい! 私は遅くとも前日までには決めるかなあ。車内で飲むお酒にはこだわりはあるんですか?
六角 僕の場合、日本酒やワインだと酔いが回りすぎちゃうんで、焼酎やビール、ハイボールが多いですね。ほろ酔いで車窓を楽しむのがいいんです。
酒井 そういえば、私は山手線に一周乗ってみたことがあります。案外面白かったですよ。山手線は本当に一周繋がっているって(笑)。そして、ちゃんと一周分の料金っていうのがあるんですよ。300円くらいだったかな。
六角 “大回り”っていうのもありますね。東京とその近郊の決められた区間内を途中で降りなければ、どれだけ遠回りしても最短距離の運賃になるという特例がある。たとえば渋谷−新宿−赤羽−高崎と乗り継ぎ、さらに栃木のほうまで一筆書きのようにぐるっと回って、最後に恵比寿駅で降りれば、渋谷−恵比寿間の料金ですむ。大阪、福岡、仙台、新潟でもできます。
酒井 鉄道趣味の1ジャンルとして確立されていますよね。
六角 コロナ禍の今は鉄道好きにとってはつらい時期だけれど、遠出をせずとも、普段使っている路線のいつもの駅を一駅先まで乗ってみる、というのも意外に楽しいですよね。景色が新鮮だし、非日常を感じられる。
酒井 もっと言うと、乗る以外の楽しみ方もあったりします。帝国ホテルには鉄道ファンを喜ばせる部屋がありますね。前に一度泊まってみたんですが、窓から線路が見下ろせて、新幹線も在来線も見放題でした。東京ステーションホテルの部屋から見える東京駅丸の内南口のドームや改札も素敵です。
六角 ああ、東京駅のホテルメトロポリタン 丸の内は、東京駅全部が見渡せますよ。あれは素晴らしい。
酒井 『丸善 丸の内本店』のカフェもいいです。窓側に座席が並んでいるので、お茶を飲みながら東京駅を見られる。
六角 秋葉原の『肉の万世』のレストランもおすすめ。窓際に座ると、角度の加減で中央線がこっちに突っ込んでくるように見える。迫力です。
酒井 “乗る”だけじゃなく“見る”っていうのも、実はけっこう楽しいんですよね。
2人の鉄道旅に欠かせないお供&愛用品。
時刻表は六角さんがその日の鉄道旅のルートを考える上での必需品。交通新聞社の小型全国時刻表は、かさばらず持ち運びも楽。
酒井さん愛用の、列車の絵柄をあしらったスカーフと機関車のネックレスは昔のシャネルのコレクション。「見つけた時は、買わずにはいられませんでした」
酒井さんは新潮社の路線図を愛用。「正縮尺なので、山や川がどちら側の車窓に見えるかが正確にわかります」。地域ごとの分冊なのも魅力。
[RANKING 3]酒井さんの好きな「湖が見える路線 3」。
1.大糸線の車窓にあらわれる仁科三湖
2.北陸本線「余呉駅」から望む余呉湖
3.山陰本線「鳥取大学前駅」から見える湖山池
長野県大町市にある青木湖、中綱湖、木崎湖は仁科三湖と呼ばれ、大糸線の車窓から見られる。写真は青木湖。