『榎本健一没後50年記念 エノケン』│ 金井真紀「きょろきょろMUSEUM」
「喜劇王」の遺品から才能と色気を想像する。
わたしは小学生の頃、強すぎる横綱千代の富士が嫌いだった。表情や仕草がかっこよくて、不動の人気なのも癪だった。いつも相手力士を応援して、でも大概は千代の富士が勝つのがまた憎らしい。しかし高校生になると、あろうことかその千代の富士に恋い焦がれることになる。35歳で引退する千代の富士は、その2年ほど前から全盛期とは明らかに違う様子だった。第一人者のプレッシャーを背負い、衰えゆく体と闘い、それでも誇りを失わず……。「色気があるってこういうことか」と高校生のわたしは悟ったのだった。
さて今回は、エノケンこと榎本健一の没後50年の企画展示を見た。そのキャリアは大正時代に始まり、浅草で一世を風靡し、戦後も舞台に映画にと跳ねまわった「日本の喜劇王」。同時代の落語家・柳家金語楼は「エノさんは、芸が服を着ている人。東京の生んだ芸のカタマリ」と評した。代表作とされる『最後の伝令』(初演は昭和6年!)の脚本を読むと「活字でこれだけ笑えるんだから、実際の舞台はどれほどおもしろかっただろう」と思わずにはいられない。
さほど広くない展示室の一角に義足が飾られていてハッとする。エノケンは58歳の時、病気のために右足を大腿部から切断した。しかしその後も65歳で世を去る直前まで義足をつけて舞台に立った。きっとおかしみより凄みが出ちゃったと思う。お客さんは以前のように気楽に見られなかったかもしれない。だけど晩年の舞台には「色気」があったんじゃないかなぁと勝手に想像している。
『榎本健一没後50年記念 エノケン』
国立演芸場(東京都千代田区隼町4-1)1F・演芸資料展示室にて11月23日まで開催中。遺族から寄贈された舞台、映画等の資料を中心に戦前、戦中、戦後と昭和を駆け抜けた喜劇王の足跡を伝える。TEL.03-3265-7411 10時〜17時 国立演芸場公演日に合わせて休室 無料
金井真紀(かない・まき)●文筆家、イラストレーター。最新刊『虫ぎらいはなおるかな?』(理論社)が発売中。
『クロワッサン』1027号より