料理、掃除、洗濯……家事は今も基本的に自分でやっている。
「でもここ数年、大変なことが増えてきました。重いものは持てませんし、足も弱り、転んだら大変なので外を一人で歩くのも控えるようになりました。畑へ上がる階段も上れなくなって、今は近所に住む甥が野菜を育ててくれています。耳も遠くなり、補聴器を使うようになりました」
大正7年、1918年の生まれ。今年98歳になった生活評論家の吉沢久子さん。90代になっても、高齢者の生き方を考え、提案する著書を次々に出版している。
「老いたからこそ見えるものや、わかることがたくさんあります。その年代なりの楽しみ方があるんです。それに年をとると時間持ちになるんです。グラスに浮かべたこのミントだってそう。若いころは香りが爽やかだとわかっていても、通り過ぎていました。やらなくてはいけないことだけで精いっぱいだったから。でも今は、ミントを摘み、レモンと共にこんなふうに水に浮かべて楽しんでいる。庭の花や夕焼けの空も、きれいだなぁとずっと心ゆくまで眺めていられます」
料理、掃除、洗濯……家事は今も基本的に自分でやっている。
「でもここ数年、大変なことが増えてきました。重いものは持てませんし、足も弱り、転んだら大変なので外を一人で歩くのも控えるようになりました。畑へ上がる階段も上れなくなって、今は近所に住む甥が野菜を育ててくれています。耳も遠くなり、補聴器を使うようになりました」
2年前には心臓の調子が悪いことがわかった。
「自分の思いどおりに体を動かせないとはどういうことなのかということを、今、経験しています。体を自由に動かせるということは大変なことだったんですね」
昨年、はじめての入院も経験した。
「胸が苦しくなって入院したんですけれど、そのときに偶然、下の歯も欠けちゃって、野菜が食べにくくなってしまったんです。それを先生に言ったら、刻み食にしますかっておっしゃるの。刻み食なんて、はじめてだからうれしくなっちゃって、お願いしますって即答したんですけれど……」
野菜も肉も魚も同じようにすべてを小さく刻んでいるのが刻み食だ。
「びっくりしました。何を食べているか全然わからないんですから。それで、私たちは食べ物の大きさや厚み、硬さや柔らかさ、そういうことも全部含めて味わっているんだってわかりました。それで3日目に普通の食事に戻してくださいとお願いしました。2日耐えたのは、好奇心と探究心ですね。続けたら味がわかるようになるかもしれないって。そんなふうでしたから入院中も退屈したりしませんでした。もちろん、軽度だったからでしょうけど」
いたずらっ子のような目をして、軽やかに笑う。できないことが増えても、吉沢さんはくよくよしたりしない。
「肉体的につらいことがあれば、ちょっとは落ち込んだりもしますけど、投げやりになったり、そこに耽溺したりはしません。私はいつも明るい方向を見るんです。あれができなくなった、これも無理になったと嘆いてもしょうがない。そしてどうにかしなければならないことは、他の方法はないか、工夫できないかと考える。考えること自体も楽しみます」
奥の部屋で休んでいると、宅配便や郵便屋さんが来ても気づかなかったりするからと、今は入り口近くのリビングにもベッドを置いて、すぐに出られるようにしている。重い荷物を運ぶために室内でも使える簡易の台車も使い始めた。固い瓶の蓋を開けるときには、ゴム手袋を両手にはめてキュッとひねる技も身につけた。
「無理はしませんけれど。もったいないでしょ、あきらめたら。自分の人生なんですから、大切にしないと」
『クロワッサン』931号より
●吉沢久子 生活評論家/1918年、東京生まれ。伝統的な暮らしの知恵や技術を現代の生活に提案し続けてきた。近年は賢く年を重ね、日々を楽しむエッセイ集を多数出版、人気を博している。
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