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美しく不思議な絵がいざなう物語の世界。ちひろ美術館・東京『ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ』

文・嶌 陽子

『アライバル』(河出書房新社)より 2004~2006年  主人公がたどり着いた異国の街。幻想的な表現を通じ、「未知なる土地との出合い」がよりリアルに感じられる。
『アライバル』(河出書房新社)より 2004~2006年 主人公がたどり着いた異国の街。幻想的な表現を通じ、「未知なる土地との出合い」がよりリアルに感じられる。

アライバル』という絵本をご存じだろうか。やむをえない事情で家族を残して異国へと旅立った男性が、異文化に戸惑いながら新しい土地に根を下ろそうとする。その過程で出会い、絆を深めていく人々にもまた、それぞれに祖国を追われた悲しい過去がある。「移民」をテーマにしたこの絵本には、文字が一切書かれていない。だがセピア調のページをめくるうち、まるでサイレント映画のように生き生きと物語が立ち上がってくる。緻密さと壮大さ、リアルさとファンタジーが絶妙に混じり合った絵の世界が、言葉よりも雄弁に語りかけてくるのだ。

いたずらがきをするやつ  2011年  『ロスト・シング』の映像化の際、登場する「迷子」の仲間として考えた生き物を立体化した。
いたずらがきをするやつ 2011年 『ロスト・シング』の映像化の際、登場する「迷子」の仲間として考えた生き物を立体化した。

深い魅力を持つこの本の作者は、オーストラリアのアーティスト、ショーン・タン。2006年に発表した『アライバル』は世界中に衝撃を与え、日本でも7万部を超えるヒットとなった。また、初めて文も手がけた絵本『ロスト・シング』はタン自身が複数のクリエイターと共に映画化し、2011年にアカデミー賞短編アニメーション賞を受賞。そんな多彩な活躍を続けるタンの世界を紹介する展覧会が開催中だ。本の原画や習作、映像作品、立体作品など、約130点を展示。繊細な鉛筆画や迫力のある油彩画、心温まる場面や皮肉に満ちた視線、日常のスケッチから架空の不思議な生き物まで、その作風や対象は実に多様だ。

「火曜午後の読書会」『遠い町から来た話』(河出書房新社)より  2004年  郊外の日常を舞台に起こる奇妙な出来事を描いた15の短編からなる本の中の作品。
「火曜午後の読書会」『遠い町から来た話』(河出書房新社)より 2004年 郊外の日常を舞台に起こる奇妙な出来事を描いた15の短編からなる本の中の作品。

「ずば抜けた画力を持つタンですが、その本質は“物語を作る人”。彼の生み出すさまざまな絵から私たちがどんな物語を読み解くかがタン作品の醍醐味です」

本展を監修したちひろ美術館・東京の学芸員、原島恵さんはそう話す。

中国系移民の父を持つタンの作品に一貫しているのが「居場所を求める」というテーマ。異質なものへの温かなまなざしも常に感じられる。

「タンの作品の魅力は、皆が可能性を信じ、心のよりどころにできるような普遍性があるところではないでしょうか。彼の作品は誰にでも開かれている。私たち一人ひとりが主人公となり、自由に想像を膨らませることができるのです」

優しくて、怖くて、奇妙で、懐かしい。タンの世界に触れると、さまざまな感情や物語が呼び覚まされる。その豊かな体験を、きっと誰かと共有したくなるはずだ。

 『ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ』
ちひろ美術館・東京 〜7月28日(日)
東京都練馬区下石神井4-7-2 TEL.03-3995-0612 テレフォンガイドTEL.03-3995-3001 開館10時〜17時(入館は閉館の30分前まで)
月曜休館(祝日は開館、翌平日休館、7月22日は開館) 料金・一般800円

『クロワッサン』1000号より

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