井上荒野さんに聞く、心地よい眠りへいざなう本。
撮影・青木和義 文・黒澤 彩
[本]夜や夢のイメージが濃密な文学。朝まで読み耽ってしまうかも?
「私は意外と寝つきがいいほうで、眠れないことなんてまずありません。しかも、一度眠ったら、隣で誰かが太鼓を叩いていても起きないんじゃないかっていうくらい、ぐっすり眠ります」
作家の井上荒野さんは夫と二人暮らし。自宅で執筆するというライフスタイルだからこそ、夜は決まった時間に仕事を切り上げ、料理をして晩酌を楽しみ、しっかりと睡眠をとるようにしている。
すぐに眠れるのは夫も同じ。いや、井上さん以上だとか。
「彼は、横になったら数秒で眠れるみたい。ある日、布団に入って1分くらいたったときに『今日はなかなか眠れないなあ』なんて言うから、笑ってしまいました」
夫婦ともによく眠れるのはストレスが少ないからかも、と井上さん。それでも夢はよく見るし、どうやら寝言も言うらしい。
「私の寝言は食べ物関係が多いみたいで、夫によると『豆腐もう入れた?』だとか、パッと目を開けて『中華料理』って言ったこともあるそうです。食べ物の夢を見るところは、母と似ていますね」
母がよく見ていたという夢について書いたエッセイが『夢のなかの魚屋の地図』(6)の表題作。夢の中で、地図を見ながら魚屋へ行こうとするのだが、どうしてもたどり着けない。ところが、現実の世界でいい魚屋とめぐり合えたら、もうその夢を見なくなったというエピソードだ。
作家にとって、夢はアイデアの源ともいえるのだろうか?
「小説の場面が思い浮かんだとき、それが現実に考えたものなのか、夢で見たものなのか、ふとわからなくなったりはします。現実で考えていることが夢にも流入してくるから、夢の中でまで小説の続きを練っていることも。そうそう、夜中に『こう書けばいいんだ!』とか突然思いつくんです。でも、朝起きると、何かいいことを思いついたという記憶はあっても、その具体的な内容までは覚えていない。メモしておけばいいのだろうけど、実際にそれをするとなんだか怖いことが起こるような、やってはいけないような気もしています。それに、“いいこと”といっても、きっと夢の延長みたいなもので、たいしたアイデアではないんじゃないかとも思っていて。はっきりと思い出せないくらいが、ちょうどいいのかもしれませんね」
自分がくり返し見た夢を、一度だけ、小説に取り入れたことがある。
「海辺の旅館で、誰だかよくわからない男の人と懇(ねんご)ろになって『この人は私のものだ』と安堵する夢です。その頃、私はあまりいい恋愛をしていなかったのでそんな夢を見たのでしょう」
この話は、「暗い花柄」という短編作品に登場する(『グラジオラスの耳』収録)。
おもしろい本ほど熱中してしまう。眠る前の読書は難しい?
探してみると、父・井上光晴さんも、夢について書き残していた。
「筒井康隆さんが眠りにまつわる読み物を集めて編んだ『いかにして眠るか』というアンソロジーの中に、私の父が自身のことを書いた短編小説が収められているんです。そこで父は、なんと眠りながら小説のあらすじを考えられると豪語している。たぶん、嘘だと思いますが……」
今回、眠りや夢がモチーフになっている本と、眠る前に読みたい本を6冊ずつ選んでもらった。
「夜や夢などのイメージが濃いものを選びました。いい夢が見られるかどうかはわかりませんけど(笑)。眠る前に読むものって、難しいですね。おもしろい本ほど、どんどん先を急ぎたくなってしまう。私の場合は、ジャンルを問わず、昼間読んでいたものの続きを夜にも読みます。ときには漫画も。毎晩少しずつ読むなら、短編集や、章が細かく区切ってあるもの、詩集や句集もおすすめです」
手に入りやすいものを、と紹介してくれた句集は『攝津幸彦選集』(7)。
「たとえば、〈みづいろやつひに立たざる夢の肉〉〈愛は暗し太きほとけを流しをり〉といった、なんとも不思議な句が並びます。情景を描写するのではなく、言葉の意外な組み合わせでイメージを作るタイプの俳句ですね。眠る前にこういうものを拾い読みしたら、ちょっとおもしろい夢が見られそうな気がしませんか?」
12冊の中に入りきらなかったが、スティーヴン・キングの『ランゴリアーズ』(中古で入手可能)も井上さんの一押し。
「ある旅客機の乗客たちが異次元にワープしてしまい、ランゴリアーズという怪物と戦うホラー小説。種明かしになってしまうので詳しくは言えませんが、もっとも重要なキーワードが“眠り”なのです」
短編の数ページを読み終えて眠りにつくもよし、夜更かしを決めこんで長編を読みはじめるのも、また愉しい。
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