【文芸(日本文学)編】書店員に聞く、長く売り続けたい本。
撮影・森山祐子 文・屋敷直子
[文芸(日本文学)]ストーリーのおもしろさと、日本語の美しさを堪能してほしい。
『三省堂書店』で文芸書を長く担当してきた新井見枝香さん。芥川賞・直木賞と同時に独自に発表している「新井賞」、作家を招き自身で話を聞く「新井ナイト」などの活動を通じ、読んでほしい本が注目されるよう全力を注いでいる。
『告白』は、出版されてちょうど10年です。私も書店員になって10年で、アルバイトとして働いた有楽町店で飛ぶように売れていたことを今でも覚えています。自分の娘を校内で亡くした中学校の女性教師の復讐話で、この作品をきっかけに、読後感が悪いミステリ小説を指す「イヤミス」というジャンルができました。なにより湊かなえさんは文章がうまい。特別にエキセントリックな人が出てくるわけではなく、ふつうの人の微妙な精神のあわいを出すのが、とても達者だと思っています。自分の周りにいるような市井の人が、ぎりぎりのラインで踏みとどまれるかどうかが描かれていて、それだけに怖くておもしろいんです。
同じように10年前に読み始めたのが『図書館戦争』。全4巻と別冊2巻まである長いシリーズです。会話部分が、小説の中の台詞というよりは、ふだん私たちが使っている言葉で書かれているのが特徴的で、当初はライトノベルのイメージがありました。でも読んでいくと、物語としての骨太さや緻密さがわかってきて、じつは大人向けの小説なんですよ。書物の検閲の話なので、今読むとこの未来はあり得るなと危機感を感じなくもないですが、あまり重く考えずに楽しく読み進められるのがいいと思います。
今年6月に出たばかりの『正しい女たち』は短編集。恋愛や友情、仕事について、それぞれ正しいと思う姿を追求して生きる女性たちの話で、なかでも「幸福な離婚」が印象深いです。それまで傷つけ合ってきた夫婦が4カ月半後に離婚すると決めたのに、それから互いを思いやるようになる。終わりがあることで人は正しく生きられる。“正しさ”の難しさについて考えることになります。人として正しいことを追求したがために、自分が苦しい思いをしていることってありますよね。千早茜さんの無駄がない美しい文章も楽しんでほしいです。
『料理歳時記』は、初版が1977年。日々のエッセイの中に交じってレシピが多く紹介されています。40年経っても季節感は変わらないので、素材の旬がよくわかって古びたところがありません。夫が急に連れてきた部下に酒の肴を出したりするんですが、それが義務という感じではなく楽しむことを知っているんですね。しかも、出した肴で酒がすすんでいるのを見て、ほくそ笑んだりしている。著者はたいへんな勉強家で、かつ自信家。文章にも、ウィットがきいた気の強さが表れていて、そこも好きです。
エッセイというのは誰でも書けるようでいて、傑作と失敗作がはっきり分かれるジャンルです。『眠る盃』は、ものすごくおもしろい題材というわけではない。でも、このなんでもない感じが、いいところだと思います。格言とか、感動とか、抱腹絶倒ではなく、みりん干しの美味しそうな描写をつづってうまいなと感じさせる。以前、小説好きの上司が入院して、最期に読みたいと言われて買って行ったのが、この本でした。こうした、一見淡々としたエッセイは見つけ出されにくくて、紹介するにもとっかかりがないのですが、売り場でずっと平積みで置いています。
『クロワッサン』979号より
広告