『ちいさい言語学者の冒険 子どもに学ぶ ことばの秘密』著者、広瀬友紀さんインタビュー。「時間が経つ、の意味を説明できませんでした。」
撮影・岩本慶三
猫を指さしながら「ワンワン!」と叫んだり、「とうもころし(とうもろこし)食べたい」と主張したりと、よくある子どもの言い間違い。ほのぼのと心が和むが、実はこれは脳内で言語システムを構築する際の貴重な産物であると、東京大学の広瀬友紀さんは言う。
「これらは言語を習得するための重要なステップ。子どもたちは私たちが思うよりずっと論理的なやり方で言葉の秩序を見出し、試し、整理していきます。例えば犬の定義を身につけるまで。4本足の生き物を全て犬とみなしたり(これを言語学では過剰拡張という)、近所の犬のポチのみを犬としたり(過剰縮小)と、その定義の範囲を修正しながら習得していきます。大人には“間違い”に見えますが、微調整の過程です。また、“とうもころし”は、音位転換という現象が起こっています」
このような身の回りの子どもの言葉の間違いを逐一メモし、例に挙げながらわかりやすく解説しているのがこの本だ。子どもの疑問や間違いを分析することで、「ぢ」と「じ」の違い、助詞「は」と「が」の違いなど、当たり前に使っていた日本語が新鮮に感じられる。
「もともとはSNS等で内輪ネタとして発信していましたが、興味を持ってくれる知人友人が意外にも多くいて。もっと説明させて!存分に語りたい!という気持ちが募り、この本を出すことになりました」
自身も8歳の男の子の母。言語学が専門の広瀬さんでさえ即答できない質問を、子どもにされた経験が何度かあるそう。
「3歳の頃だったか、『時間が経つ』ってどういう意味?って聞かれたんです。『時間』という語を使わずどう説明するか、意地の見せ所!と気合いを入れて挑むものの案の定苦戦。悩む私をよそに、子どもはすぐほかのことに気が移ってしまい、当時史上最大の挑戦は、中途半端に終わってしまいました」
乱暴な言葉使いなど、子どもの言語教育で心がけていることは?
「年上の子に憧れて何でも真似てみたいんですよね。言葉には様々なスタイルがあるので、TPOに応じた使い分けを教える機会になればいいと思います。差別的な表現は、なぜ使ってほしくないか、糠に釘でも何度でも説明します。真剣に説明されたという空気だけでも覚えててくれれば。でも私自身つい関西のノリで『アホ』だの『ボケ』だの濫発し、ママ友をひきつらせることしばしば。こんな母親にTPOなんぞ偉そうなことは申せません(笑)」
岩波書店 1,200円
『クロワッサン』974号より
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