【井上荒野さん × 須賀典夫さん】結婚を保証だと考えると、人生がつまらなくなりそう。【後編】
撮影・青木和義 文・黒澤 彩
結婚は人生の保証ではない。何かあったときに問われる真価。
井上さんの母は古風で、光晴さんのために生きた人だった。
「そこは、母と私の違い。私は夫のために生きているわけじゃないので、彼が浮気をしたら、もちろん怒りますよ。でもね、恋愛って、好きになったら仕方がないものだと思います」
他人の不倫を当事者ではない人たちが糾弾することには、違和感がある。未婚なら騒ぎにならないのに、既婚者の場合は一大事とばかり。それは、結婚によって何かが保証されるという思い込みがすぎるからではないか。
「私が制度としての結婚を重視していないから、こんなふうに思うのかもしれませんが、結婚を保証だと考えると、人生がつまらなくなりそう。相手を尊重するのは当然だとして、結局、生きていくのは自分一人なんですよね。自分の人生をパートナーに委ねるということではない。夫婦も、人と人との結びつきでしかないのだから、何か起きれば簡単にほどけてしまうものだと思ったほうがいいのではないでしょうか」
浮気や心変わりだけではない。災害、事故など、思いもよらない出来事が降りかかってくることだってあり得る。
「東日本大震災のときは、そういうことを考えさせられましたよ」と須賀さん。「彼女が余震を怖がるんだけど、それは私にはどうにもできないことだから、『俺にどうしろっていうんだ』なんて言ってしまったことがあります」
そういう言い草はないんじゃないの、と井上さんは悲しくなったが、その後で近隣に住むお年寄りのために、「男手が必要なときはうちに声をかけてください」と回覧板に書き添えることに賛成してくれたときには、ほっと安堵したという。
「彼がそれを嫌だと言ったら、失望したかも。どんなに長く連れ添った相手でもそういう局面で、ああ、この人とはもうダメだって思うことがあるかもしれません」
何の保証もないし未来は予測できないが、2人とも、このまま一緒に生きていくのだろうとも思っている。
「この先どうしようって考えるということは、何かを変えたいということでしょう? 私は現状に不満がないので、将来は今の延長なのだろう、それでいいと思っています。ただ、一人になりたくないから、自分が先に死ぬんだって言い張っています」(須賀さん)
「今のところ大好きなので、先に死なれたら怒ります(笑)。夫がいなくなっても、後を追ったりしないでちゃんと生きようねって、女友だちと約束しているんです」(井上さん)
井上荒野(いのうえ・あれの)●作家。『切羽へ』(2008年)で第139回直木賞を受賞。著書に『あなたならどうする』(文藝春秋)、『綴られる愛人』(集英社)など。雑誌『小説トリッパー』にて新作を連載中。
須賀典夫さん(すが・ふみお)●『古群洞』店主。文芸書、詩歌句集、児童書などの古書をオンラインで販売するほか、古本市にも出店。http://kogundou.exblog.jp
『クロワッサン』964号より
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