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【井上荒野さん × 須賀典夫さん】結婚を保証だと考えると、人生がつまらなくなりそう。【後編】

撮影・青木和義 文・黒澤 彩

新作の小説を執筆しながら母の人生に思いをめぐらせる。

須賀さんが偶然持っていた光晴さんの追悼文集『狼火はいまだあがらず』。ここに井上さんも寄稿していた。
須賀さんが偶然持っていた光晴さんの追悼文集『狼火はいまだあがらず』。ここに井上さんも寄稿していた。

そして現在、井上さんは父・光晴さんと母と瀬戸内さんの3人をモデルにした小説、「あちらにいる鬼」を連載中だ。瀬戸内さんからは話を聞くこともできるが、母の気持ちは想像することしかできないのがもどかしい。
「夫婦や結婚というのもテーマではありますけど、それ以前の、人はどういうふうに人を愛せるのかというようなことを考えながら書いています」
当時の井上家では、父も、他の女性の存在を娘たちに気づかせることがないように配慮していたが、何よりもそれを受けとめてきた母の覚悟のうえにこそ成り立っていた生活だった。
「本当は、もちろんつらいことも悔しいこともあっただろうと思います。でも、母はある時期に、何があっても父と一緒にいようと決めたのでしょうね」

晩年の光晴さんを追ったドキュメント映画『全身小説家』を、母は一度も見たことがない。その映画には、あまり見たくないようなシーンがあると忠告する人がいたようで、そうしたことが面倒になって見ないことに決めたのだろう、と井上さんは推察する。
「母は父の女性関係をすべて知っていながらも、できるだけ自分が嫌な気持ちにならないように努めてきたのではないでしょうか。私は、それをある種の“怠惰”なんじゃないかと思っています。必ずしも悪い意味ではないんですけど。結局、そのあたりの本音を聞くことはできないまま亡くなってしまったのですが……」

一度だけ、母に「後悔はないの?」と聞くと、「大変だったけど、おもしろかったからね」と答えたそう。「どんな女性がいたときも、自慢したくて私に言わずにはいられないのよね」とも。そんなふうに、父を責めることもなく、決定的な物事は見ないようにしていた母が、一度だけ激高したことがあった。
「父が自宅で女性と電話しているのを母が聞いてしまって、その内容がよほど許せないものだったのでしょう。あんなに怒った母を見たのは後にも先にもそのときだけ。私は、母が父を刺すんじゃないかとさえ思いましたが、なんとか無事に収まりました。その日、父がずっと母の後ろをついてまわりながら言い訳していた姿を思い出すと、ちょっと笑っちゃう」

井上さんの言葉を借りれば、光晴さんは、やりたい放題。それなのに、「浮気ということで神様に罰せられるのだとしたら、あんたは罰せられるけど俺は大丈夫だ」などと言っていた。
「はぁ、どういうこと?って思いますよね(笑)。きっと、精神的にはそれだけ母に一途だったという意味なのでしょうけど」
光晴さんのような生き方は普通の男にはとてもできないと、須賀さん。
「男の性として、憧れるところもありますが、普通なら崩壊しちゃうでしょう? やっぱり物書きは違いますよ。自信があるから好きなようにできるんじゃないでしょうか」

須賀さんも人気者ではあるのだが、
「いつも隣に私がいるから、そういう機会を奪っているのかも」(井上さん)
「そりゃあ奪われてますよ、機会を。他人からは、どこへ行くにも奥さんと一緒で仲がよさそうでうらやましいと言われますが」(須賀さん)

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