角田光代さんが苦手なSF小説に挑戦!果たしてその感想は?
撮影・千葉 諭、尾嶝 太(角田さん) 文・一澤ひらり
主人公のビリーは空飛ぶ円盤でやってきたトラルファマドール星人にさらわれ、彼らの星の動物園に収容される。トラルファマドール星人は四次元的知覚を有していて、生命の一生を〝同時〟に見ることができた。
「人が死ぬときは死んだように見えるけれど、過去ではその人はまだ生きているのだから、葬儀の場で泣くのは愚かしい。あらゆる瞬間は、過去、現在、未来を問わず常に存在していて、常に存在し続ける、とトラルファマドール星人が語るんですけど、ある状態に戻ればいつでも生きているっていう観点には感動しました。こうした死生観が本書には通底していますが、それは諦念とも捉えられるけれど、もっとポジティブな死生観として非常に希望に満ちたものだと思えたんですよね」
ビリーは死に触れるときに「そういうものだ(So it goes)」とつぶやく。たとえば、「マーティン・ルーサー・キングが撃たれたのは、一カ月前である。彼もまた亡くなった。そういうものだ」というふうに。
「最初は小説的な仕掛け、村上春樹が書くところの『やれやれ』みたいな感じで、言葉の装飾としてしか捉えていなかったんです。でもずっと『そういうものだ』って伝えていくメッセージが、『なるようにしかならない。あきらめなさい』ではなくて、『人生そういうものだけど、いいんだよ。悲観することはない』っていうふうに明るく捉えることができるんですよね。『そういうものだ』っていうフレーズが、だからすごく印象に残りました」SFに抱いていた殺伐としたイメージが詩情豊かなこの小説で一掃され、幸せな読書体験になったと角田さん。
「この本の位置づけはわからないですけど、人間の条件とか人生の本質を突いているし、私にはSFに思えなくて。これをSFとするならば、今まで読んできた本にもSFがけっこうあったんだなって思いました。ジャンルを超えた感じの本ってあるじゃないですか。そういう本には慣れていたから。できればもっと早くこの作品を読みたかったですね。食わず嫌いは損をするってことでしょうか(笑)。ヴォネガットの作品をこれからもっと読みたいです」
『クロワッサン』955号より
●角田光代さん 作家/『対岸の彼女』で直木賞、『紙の月』で柴田錬三郎賞など、数多くの文学賞を受賞。現在、『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』で『源氏物語』の現代語訳(全3巻)に挑んでいる。
●大森 望 さん 翻訳家・書評家/1961年、高知県生まれ。責任編集の『NOVA』で第34回日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀S F 1000』『新編SF翻訳講座』『現代SF観光局』等。