島田順子さんのいつも胸の中にある言葉“なんじ自身を知れ”
撮影・岩本慶三 文・嶌 陽子
「読んでみたら、すごく面白くて。哲学の本というと、ほとんどが難しい言葉を並べたものばかりというイメージだったのに、これは小説という形をとっていることもあって親しみやすかったの。森本哲郎さんは、ソクラテスについてものすごく勉強されているのだけれど、それをやさしい言葉で語ってくれている。そして、ソクラテスという人間が頭に浮かんでくるような、人情味あふれる書き方をしている。そこに感動しました」
独房につながれながらも思索を止めないソクラテスや、友人や弟子たちとのやり取り。独房の外から聞こえてくる、アテネのアゴラ(広場)を行き交う人々や露天商たちの喧噪。そんな生き生きとしたシーンを交えながら描かれるソクラテスの生涯と思想に、読み手は思わず引き込まれる。
「ソクラテスの教えに魅せられた弟子たちが、毎日のように独房を訪れて、入りきらないほどになったりして。古代の人々は、そうやって直接対話をすることで、教養を身につけていったのよね。その描写もいいんです」
「ソクラテス、ひいては哲学への導き方が素晴らしい」と言う島田さんがこの本を初めて読んで以来、胸に強く残り続けている言葉がある。
“なんじ自身を知れ”
ソクラテスが、アテネの西北部にあるデルポイのアポロン神殿を訪れた際に、入り口に刻まれていたのを見て、衝撃を受けたという言葉だ。
「それまで、哲学ってややこしくてわからないと思っていたけれど、ああ、こういうことなんだって初めて腑に落ちたんです。ファッションひとつとってみてもそう。自分を知らなければ、似合うものもわからないもの。人生においても、自分自身を知れば、もう少し謙虚にも生きられるし、もっと強くもなれる。人間にとって、いちばん大事なことなんじゃないかしら」
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