『出会いなおし』森 絵都さん|本を読んで、会いたくなって。
時間は残酷なだけではない、味方にもなる。
撮影・青木和義
今夜はラクをしようとデパ地下でサラダを購入した主婦、一人息子を義理の親に預けに行くシングルファザー、15年ぶりに同窓会へ向かうことを決意した女性……。さまざまなシチュエーションの6つの物語が展開する一冊をまとめるのは「時間」という枠だ。
「短編を10年書き続けようという取り組みの最後を締めくくる一冊でしたので、何かテーマを設けようと、時間というくくりを考えました。いまはみんなとても忙しくて、風邪で熱があるときですら寝ている時間がもったいないと言う友だちもいる。時間とは何なのか、見つめ直してみたかったんです」
物語どうしは繋がっていなくとも濃密な世界観は共通する。そこに根付くのは森絵都さん自身の個人的な経験が何かと結びついたときに起こる化学反応のようなもの。
「生活の中で見聞きした出来事が他の素材と掛け合わさったときに全く違う風景が見えてくるんです。例えば『青空』という話の、高速道路で前のトラックからベニヤ板が飛んでくるシーン。これは私が実際に経験したことで、幸い事故にはなりませんでしたが衝撃的で。事実は単なる事実ですが、他の要素と結びついたとき初めて、物語として息づいてくるのです」
短編小説や長編小説、ノンフィクションに子ども向けの作品と、森さんの守備範囲は広い。
「長編はストーリー優先なので細かい描写を犠牲にすることもあります。逆に短編はディテールにこだわって書くことも。いずれの場合も、今日書いた部分を翌日読み返すと直したい部分が必ず出てくる。さらにその翌日に読むとまた直したくなってしまう。そのくり返しでなかなか進まないんです」
だから小説を書くのはつらい作業だけれど、自分の中で生まれた物語を完結させたいという思いのために書き続けているという。
「完結させるには自分が書くしかないし、苦しみからは早く解放されたい。昔から、つらいことを早く終わらせたいというタイプだったかもしれません。でもものを書く人は皆、多かれ少なかれ執念深さを持っているのでは(笑)」
この本の帯には “年を重ねるということは、おなじ相手に、何回も、出会いなおすということ” とある。
「人と何回も会ううち、相手が立体的に見えてくるんですよね。時の経過が人間関係も熟成させてくれるといいますか。時を重ねることでわかることはたくさんあるのだし、時間を味方につければいいんだとようやく気づきました」
文藝春秋 1,400円
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