建築家の伊礼智さんと作る小さくて大らかな家。
撮影・青木和義 文・後藤真子
「住宅は、大らかさがないと暮らせないと思うのです。人間には、いろいろな調子の時がありますから」と、建築家の伊礼智さん。明るい空間もあれば、ほっと休める場所もある、そんな家づくりを心がけているという。たとえば、天井が低めのスペースをつくること。
今回訪ねた関根さんの家も、ダイニングの天井高は210㎝で、実に落ち着く。この低めの天井を「よいと感じてくれるかどうか」が、設計を引き受けるポイントになると話す。
「関根さんご一家は、最初に打ち合わせで訪ねた時、前の住まいであるマンションでの暮らしぶりがとても素敵でした。そのまま新しい家に移せばいいんだな、と思ったほどです」
手持ちの美術品や家具の雰囲気が、伊礼さんが好んで用いる自然素材と好相性だった。しかも「家族それぞれ個室がほしい」という要望以外、「できたものに合わせて住むから任せます」と言ってくれた。近い価値観で互いを認め合える信頼関係が好循環を生んだ。
「無駄に広いより、コンパクトな家がいい」が、伊礼さんが大切にしている考え方。同じ予算でも坪単価に余裕ができるので、良質な自然素材を使うことができる。関根さんの家にも、自然素材をふんだんに使用した。外壁は火砕流の堆積物であるシラスの塗り壁。内壁も同じ原料を用いた薩摩中霧島壁に。シラスは珪藻土と近い多孔質で、調湿・消臭・空気清浄化などの機能を持つ九州産の注目素材である。床には大谷石、赤松、輸入パイン材を適した場所に配し、造作収納や壁・天井の部分的な仕上げにはシナベニア、ピーラー(米松)、サワラを採用。全体に統一感があり、懐かしさと温かみを感じさせる表情になっている。「こうした自然素材のよさは『経年美化』していくこと」と伊礼さん。住めば住むほど趣が深くなっていくのが魅力だ。
立地を考え、リビングは2階に。1階の天井が低めのため階段の段数が少なくて済み、上下移動はいまのところ苦ではない。将来のためエレベーターをつけられるスペース(それまで納戸として有効活用)を確保しているので安心だ。また各部屋がコンパクトな分、動線が考え抜かれており、人はもちろん光と風の通りがよい。この点も伊礼さんの家が住みやすい秘密といえる。
『クロワッサン』937号より
●伊礼智さん 建築家/「伊礼智設計室」主宰。日本大学と東京藝術大学で講師も。著書に『伊礼智の「小さな家」70のレシピ』(エクスナレッジ)。
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