『一瞬の雲の切れ間に』砂田麻美さん|本を読んで、会いたくなって。
小説の自由さに気づいてしまいました。
撮影・森山祐子
がんを発病した実父が自らの最期を段取りしていく様子を愛情溢れる軽妙さで綴ったドキュメンタリー映画『エンディングノート』で監督としてデビューした砂田麻美さんが2作目の小説を上梓した。
「前作『音のない花火』は映画で表現できなかった娘としての思いを描いた小説ですが、今回はまったくゼロからの創作。でも、タイトルがすっと決まったら、物語の内容、構造などはあまり悩まなかったですね」
それは長崎原爆資料館で見た展示の説明文に拠るものだという。
「〝その日長崎上空は厚い雲で覆われていたが、一瞬の雲の切れ間に原爆が投下された〟と書いてありました。それを見たときに、ほんとうに誰にも操作できない一瞬の出来事で人生を変えざるを得なかった人たちの話を書きたいと思ったんです」
ある夫婦の起こした交通事故を中心に、当事者たちの事故以前の暮らしとその後。一見事故には無関係な人物の思いが、連作短編という形で綴られていく。
「なにかひとつの出来事において、直接に関わっている人にも、関わっていない人にも確実に影響はあるんですよね。日常生活のひだの中に潜むようにして。そこを描きたかった。直接その事件を見ていない、関わっていない人たちのことこそ描くべきことがあるんじゃないかなと思ったんです」
登場人物たちの造形描写、心の動きの機微、そして会話のなめらかさ。共通する要素は多いけれど、小説と映画では表現に違いはあるのだろうか。
「最終的には受け手に届けるものですが、映画はジェットコースターで小説は鈍行列車みたいだなと思うんです。さあ、安全ベルトを締めて違う世界へお連れしますよ、という映画。小説は乗り降り自由で、どんな景色を見るのもあなた次第ですよ、という自由さを感じます。自分の根本にある小さな種をひろげていく場所として、映画は制約が多いものですが、小説は自分が望めばどこまでだって表現できる。精神的にもいいです(笑)。自分の殻から出ていって大声でいろんな人を巻き込んで初めて人に伝わるものができる映画と、深く潜行してそっと小窓を開けるようにして伝える小説と、ふたつを共に深めていければいいと思っています」
次作映画はフィクションのプロジェクトが進んでいるという。この新しい試みを終えたあとの小説を楽しみに待ちたい。