『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』高野秀行さん|本を読んで、会いたくなって。
納豆の白い糸に絡め取られて。
撮影・森山祐子
アフリカに幻獣ムベンベを追い、アヘン王国に潜入し、隣町に出かけるように謎の独立国家ソマリランドに通う高野秀行さん。納豆とはずいぶん庶民的なテーマを選んだと思ったら……。いやいや、高野ワールドは全開だ。本書はミャンマー北部のジャングルにおける「納豆卵かけご飯」との衝撃的な出合いからスタートする。それは、日本の食卓で見慣れた「納豆卵かけごはん」そのものだった!
「みなさん、納豆は日本独自の食べ物だと思っているでしょうけど、僕が訪れたアジアの少数民族たちは貴重なタンパク源として、あるいは調味料として、日常的に納豆を食べていました。手前味噌ならぬ『手前納豆』といってもいいくらい、それぞれ自慢の納豆があり、独自の納豆文化がありました」
と高野さん。当初はそうした辺境の民、マイノリティの暮らしや文化を描きたくて取材を始めたのだが、しだいに納豆そのものの魅力に気づき、とり憑かれてしまう。
「とにかく納豆は謎だらけ、謎が謎を呼んで、納豆の糸にぐるぐるに絡め取られてしまいました(笑)」
たとえば日本人なら、納豆は稲わらで作るものと思っている。だがアジアではバナナやシダなど、青い葉っぱで納豆を作る。納豆=糸を引くのはニッポンの常識だが、ミャンマーのシャン州の納豆は粘らないのにおいしかった。納豆の食べ方、料理法もさまざまで、固定観念が音を立てて崩れていく。
「とにかく研究者が少ないし、ネットの情報もないから、自分で現地に行って調べなければならない。その体験をもとに、帰国してから自分の手で納豆を一から作ってみる。夏休みの自由研究みたいで、楽しかったですよ」
アジア納豆を求める旅は、ついには元首狩り族として知られるナガ族の居住地まで行き着く。さらに日本に戻って謎の雪納豆(!)との邂逅。高野さんのノンフィクションのスタイルは、あらかじめ結論を想定するのではなく、まず現地に行き、自分の足で歩き、取材対象を探し、話しかける。時には青ざめ、落胆しつつ、新たな発見、思いもしなかった結論を得ていく。「納豆のルーツはどこにあるのか。納豆を最初に食べたのは誰か?」。その答えはぜひ本書で。
「いま、納豆のことを話しだすと止まらないんです。ラジオの収録でも、枠を超えて何時間もしゃべってしまいます(笑)」
子どものような笑顔で話す高野さん。ノンフィクション作家という仕事がうらやましくなってきた。
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