『カフェーの帰り道』著者 嶋津 輝さんインタビュー ──「人間と日々の暮らしを、みちみち描きたい」
撮影・園山友基 文・中條裕子
物語の舞台は、上野にある『カフェー西行』。大正末期の時代、カフェーは純粋な喫茶店というより、若い女性従業員の女給さん目当てに男性が訪れる、高級酒場といった趣が多数派。だが、カフェー西行は食堂や喫茶も兼ねた、のほほんとした雰囲気の店として描かれる。店主の菊田もどこかとぼけた人柄で、集う面々もなんだか個性的だ。
「最初は、女性が多く働いている場所を描きたいなというのもあって、カフェーという舞台を選んだ」
と、嶋津輝さん。その言葉のとおり、5章からなる連作短編では、それぞれにスポットが当たる女給さんと、彼女たちを取り巻く人や環境が語られていく。竹久夢二の絵と瓜二つの美女タイ子、小さい頃からしょうもない嘘ばかりつく美登里、頭の回転がよく小説家になりたいセイ、自称19歳の華族令嬢だが見た目は肥えた中年の園子……など、誰もがひと筋縄ではいかない、そして心に“何か”を抱えた女性たちが登場し、時代もまた、大正末期から昭和初期、戦中、戦後と移っていくのだ。
「明治生まれの作家の小説や随筆を読むのが好きで、映画も小津安二郎や成瀬巳喜男の昭和前半に撮られた映画をたくさん観てきた」という嶋津さんならではの、時代の空気感が満ち溢れ、読み手も共に同じ時間を過ごしている感覚が味わえるのも、ひとつのお楽しみ。
「人の生活を書くのが好き。人間そのものと、日々の暮らしに興味があって、見たり読んだりするのも市井の日常がわかるものが多い。そうしたものを、みちみち描きたいなというのはあります」
だからこそ、主役として登場する女性たちだけでなく、その隣家の住人やカフェーに通う人たちまでも、まるで顔見知りのように読み手は思えてくるのかもしれない。
2度の大きな破壊と再生を経験した、大正から昭和の時代
そんな馴染みの人たちが、否応なく戦争に巻き込まれていく様も描かれているのが、なんとも切ない。章を追うごとに流れゆく時間は、30年ほど。戦争は、その時代の大きな転換期とならざるを得ない出来事だったのだと痛感するのだ。
「あの時代を書くと、自然と戦争について触れることになる。メッセージをあえて込めずとも、戦争を描くこと、それはもうイコール反戦なのだと思っています」
確かに、市井の人たちが大きな時代のうねりに飲み込まれ、辛苦をなめざるを得ない姿を目の当たりにすると、誰しもがさまざまな思いを馳せざるを得ない。
そうした変わりゆく時代や町の景色がありながら、一方で変わらぬものもあると、嶋津さん。
「上野辺りは戦前の建物も見られるエリア。震災でも空襲でも、上野から東側はかなり被害があったけど、谷中や池之端、本郷といった界隈はそれなりに残った。この辺りには、人情的にも昔ながらのものが残っている気がします」
それを思うと、物語を通してのもう一方の主役は、上野という地そのものなのかもしれない。
『クロワッサン』1158号より
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