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「丙午生まれの皆さん、ごきげんよう」──鈴木保奈美さんエッセイ・丙午たち荒野を進め

この年に生まれた女の子は……と、古い俗信に煩わされがちの丙午(ひのえうま)。それを跳ね返すように運を掴んできた鈴木保奈美さんのエッセイです。

撮影・天日恵美子 スタイリング・犬走比佐乃 ヘア&メイク・福沢京子 文・鈴木保奈美

「初めて母に聞かされたとき、おとぎ話の秘密のように面白くて。」

トップス3万9600円(メイメイジェイ/エスケーシー TEL:06-6245-3171) ピアス21万7800円(ヒロタカ/ヒロタカ 表参道ヒルズ TEL:03-3478-1830) その他スタイリスト私物
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丙午生まれの皆さん、ごきげんよう。やってきますね、アイツが。ついに。とうとう。子どもの頃からなんとなく耳にしていた、でもお目にかかるのはずっと先のこと、ブラジルより月より冥王星より遥か彼方だと思っていた丙午くんが、やってきてしまいます。びっくりです。だって自分が60年も生きてきたってことですから、いつの間にか。

わたしが丙午生まれを意識したのは、6歳か7歳の頃だったと思います。「八百屋お七さんて人がいてね、」と、母が話してくれたのです。ケロリとおとぎ話のような雰囲気で、だからちっとも嫌な気はしませんでした。むしろ、村の貧しい家に育ったけれど、実はそなたは姫なのじゃよ、と秘密を知らされたような面白さ、と捉えていました。高学年になって、この学年の女子は強いな、なんて言われると、だってアタシたち丙午ですもの、と、味方が増えたような気持ちでした。

大人になって芸能のお仕事を始めた頃、確かに、華やかに活躍する同世代の方が多いような気がしていました。でもそれが、“運をつかんだ”からなのかどうか。むしろ、わたし達を産んでくれた両親に起因するのではないかと思っています。前年より40数万人も出生数が減った昭和41年に、つまり周りの40数万組のカップルが出産を回避するのを尻目に産んでくれた親たち。迷信なんか気にしないという無頓着派、むしろ突破してやるという反骨精神の持ち主、あるいはタイミングなんかより愛よ、愛! というバカップル、そんなヘンテコな男女のDNAを受け継いで産み落とされた子どもたちだから、少々ヘンテコな確率が高いかもね、ってことです。そしてヘンテコさを丙午のせいにしちゃってるわけです。

ちょっとばかり目立つ場所にいるので、“運をつかんで”生きてきたように見えるかもしれません。ええ、見えるだけです。本人はつかめたなんて思っちゃいません。むしろもっと運の良さそうな他人を羨んで、頬の内側を食いちぎりそうなくらいに噛み締めたり、悔しくて胃がねじれそうになったり、自分の不甲斐なさにプールの底に頭をぶつけたいくらい恥じ入ったり、そんなことばかりです。それでも、今こうして命があって、好きな仕事をして今日のご飯が食べられる、というのは、やはり恵まれていると言えるのかもしれません。底の底、どうしようもなく底まで落ちて、もう投げ出してしまおうか、と思う矢先、内臓の片隅でむっくりと、小さな欲が目を覚ますのです。新しく買ったセーター、まだ着てないな、とか。友人と焼肉の約束していたな、とか。今夜のテレビドラマの続き、来週どうなるのか気になるな、とか。いつの間にか現れるこの小さなくだらない欲張り虫が、ヘンテコな両親由来のDNAのなせる技ならば、やはりある種の運を手渡されて生まれてきたということでしょう。そうしてこの命綱を辿った上には、井戸の出口が明るく見えています。手のひらは皮が擦りむけているし、腕や脚はあちこちぶつけてあざだらけです。それでも穴から外に顔を出せば太陽の光は温かくて、ああ、ありがたいな、と思えます。周りにありがたいと言えるって、やっぱり運に恵まれているということだと思うのです。

暦がぐるりと一周したものの、今の自分は子どもの頃に想像していた大人よりずっと幼くて驚きます。何かがわかっただろうか。何かを成し遂げただろうか。こんな感じでいいのかしら、と焦ります。でも、実は見つけたこともあるのです。自分はこんなふうにしか生きられない、ということです。そしてそれは悲観的なことではなくて、前向きに、認めてあげていいことなのです。生きるのが下手です。意固地で、ダサくて、タイミングを外します。生傷が絶えません。それがどうした。これをわたしは、エレガントな開き直りと呼びます。まだもう少し時間がありそうなので、どこかに落ちているかもしれない運を見逃さないように、目を見開いて、両腕を大きく振って、足を蹴り上げてずんずん歩いていこうと思います。大きく息を吸い込んで、カラ元気で笑ってみれば、何事か、と運が後ろから追いかけてくるかもしれません。

  • 鈴木保奈美 さん (すずき・ほなみ)

    俳優

    1966年8月14日生まれ。1986年デビュー。1991年、主演したフジテレビ月9ドラマ『東京ラブストーリー』が大ヒット。2026年4月に舞台『汗が目に入っただけ』で主演予定。エッセイにも定評がある。

『クロワッサン』1156号より

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