考察『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』47話 恐怖の替え玉作戦大成功!耕書堂に来た定信(井上祐貴)に蔦重(横浜流星)「ご一緒できて、ようございました」 次回最終話
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
能役者・斎藤十郎兵衛
仇討ち成就の47話。
身分の分けへだてなく、悪を討たんとする人々の意志によって本懐が遂げられる。
みの吉(中川翼)、大崎(映美くらら)、清水重好(落合モトキ)、そしてふたりの将軍……。
まさかこの人物 がカギとなるとは、という驚きの連続だった。
蔦重(横浜流星)の前に現れた一橋治済(生田斗真)の替え玉は、儒学者・柴野栗山(嶋田久作)の仕える阿波蜂須賀家お抱えの能役者・斎藤十郎兵衛(生田斗真/二役)だった。
こんなリスクしかない役目をよく引き受けたなと思うが、十郎兵衛は「主命だ」と言い切る。
松平定信(井上祐貴)の嫡男・太郎丸(この時点で4歳)は後年、阿波蜂須賀家から綱姫を正室として迎える。すでに婚約が成立していたかは不明だが、謀反の協力を仰ぐことができるほどに定信と阿波蜂須賀家当主の繋がりは深いと見ていいだろう。
だが、定信肝煎の曽我祭替え玉計略は破られた(46話/記事はこちら)。
定信はいつも肝心なところで脇が甘いおぼっちゃま、計略失敗の代替案がないってどういうことだ。
蔦重でなくともツッコみたくなる。万事休すか。
さすが蔦重
手詰まりと見えた局面は意外なところから打破される。
饅頭の毒が体に回った耕書堂手代・みの吉が倒れ、苦しい息の下、
「毒饅頭を仕込んだ奴がウッカリ食ってポックリってなあ、面白くねえですか」
黄表紙の案思か。命の危機に瀕していてもたわけてみせる。蔦重の信念、耕書堂イズムはみの吉にしっかり受け継がれていたのだ。
その案思から、蔦重が閃いた。
所変わって定信の屋敷。治済にさんざん侮辱され、激昂した定信を長谷川平蔵(中村隼人)と柴野栗山が諫めている。この場面は完全に『忠臣蔵』だ。
そこに訪ねてきた蔦重が、大胆な提案をする。
「傀儡好きに毒饅頭を食わせるってなあいかがでしょう」「お一人だけおられましょう。誰にいくつ毒饅頭を食べさせても許される御方が」
まさか──!
現将軍・家斉(城桧吏)に打倒治済の列に加われというのか。驚愕の一同。
「さようなことができるわけなかろう!」
血相を変えて怒る定信に、蔦重は落ち着いて建白する。
「けど、上様ってなあこの世に太平をもたらすためにいらっしゃる。太平を乱す輩がいるなら毒饅頭くらわすのが上様のつとめ、分だ」「私らには分を分をとおっしゃいながら、天下を治める公方様が己の分には知らん顔ってなぁ道理が通らない」
率先垂範(リーダーが手本を示せ)。それは、かつて(34話/記事はこちら)定信が号令した武家としてあるべき姿勢であった。
武家の頂、将軍──征夷大将軍の役目とは、国を脅かす敵を征圧することである。
この場面においては、四民の外と言われた吉原者が間接的にせよ、天下を治める将軍に分を説いたのだ。
さすが蔦重、どこまでもべらぼうである。
天は天の名を騙る驕りを許さぬ
打倒治済計略のために将軍を仲間にしようという大胆な蔦重案。実行の端緒として、どうやって将軍に伝えたらいいのか。
まずは定信が動いた。将軍と直接話ができる清水徳川家当主・重好に目通りし、助太刀を頼んだ。10代将軍・家治(眞島秀和)の弟である重好は、一橋治済と松平定信にとっては従兄弟に当たる。
随分と久しぶりの登場であるこの人物が、思いがけぬことを口にした。
重好「兄上と甥に、冥途の土産をと思っておったところでな。あの日よりずっと、仇を討てぬ己を不甲斐なく思うておった」
家治とその嫡男、家基(奥智哉)は病死ではないと、わかっていたというのだ。しかも仇討の願いを胸に秘めていたとは。
「あの日」とは8年前、天明6年(1786年)。治済が大崎に盛らせた毒に蝕まれた将軍・家治が、養子である幼い家斉(長尾翼)を枕頭に呼び遺言した31話(記事はこちら)の日のことだ。
錯乱を装った家治が、末期の力を振り絞って治済に掴みかかり、
「天は天の名を騙る驕りを許さぬ」
と言い遺した。
治済は「上様は夢か現かわからぬようになられた」と平然と真実を糊塗したが、重好は見抜いていたのだ。
あの時あの場にいて、真実を見抜いたのは重好だけではなかった。
幼かった家斉も同じだった。父への恐れから封印していたその記憶を開いたのは、大崎からの手紙。曽我祭の日、大崎が必死の目線で蔦重に託した銭の包み紙は、将軍への手紙だった。
大崎は曽我祭替え玉計略が失敗した時のために、命懸けの秘策を仕掛けていたのだ。
その手紙には、治済の大罪の告発と、治済に命じられるまま数多の命を奪ってきたことへの懺悔が記されていた。
こうもあった。
「上様。どうか、お父上様の悪行をお止めくださいませ」
手紙が将軍の手に渡るものかどうか、可能性は限りなく低いと大崎は見ただろう。それでも、書き遺すことで少しでも己の罪を贖いたかったのか。もしかしたら、乳母として愛し子に、将軍としての自覚を促す叱咤の気持ちも込められていたのかもしれない。
将軍家治「悪いのは父だ。全て、そなたの父だ」
幼い日に聴いた家治最期の言葉が、大崎に残された人間としての心が、将軍・家斉を動かした。
家斉は、蔦重から託された手紙を献上した柴野栗山に問う。
「栗山。余はいかにすべきであろうか」
家斉は自らの本分に目覚めたのである。
為政以徳(政を為すに徳を以てす)。将軍のあるべき姿を目にして、感無量の柴野栗山が印象的だ。
我が子に愛はないのだ
清水重好が、自分亡き後の家督について相談したいと、将軍と治済を茶席に招待する。
治済は、重好と定信の繋がりから暗殺の企てを疑う。しかし、本当に徳川御三卿の家督についての話ならば、一橋家当主の自分不在で進められるのは不本意だ。なによりも、将軍である息子が同行していればよほどのことはあるまいと、警戒しつつも乗ってくる。
清水屋敷茶室の場面。
狭い茶室での、それぞれの表情に見ごたえがある。疑惑の目で重好の挙動を見つめ続ける治済、何食わぬ顔で茶席亭主を務める重好、普段通りに振舞う家斉。
治済が家斉に、自分の茶菓子を勧めて毒見させることに驚いた。将軍である息子に万一のことがあったら、治済の権力も水泡に帰すだろうに。
いや、そうか。一橋家には、家斉の弟、次男の治国がいる。御三卿・田安徳川家は、現在治済の五男で、家斉の弟、斉匡(なりまさ)が継いでいる。またこの寛政6年(1794年)の前年、将軍・家斉の大奥では、のちに12代将軍・徳川家慶(いえよし)となる敏次郎が生まれている。
ここで家斉が毒に倒れても、息子なり孫なり、自分の血筋の誰かを傀儡として操るつもりか。どのみち、我が子に愛はないのだ。わかってはいたが、恐ろしい。
家斉は茶菓子を2つとも食べ、なんの異常も見られない。
重好が立てた茶は、正客である将軍から飲むから安心だ。治済がようやく用心を解いて、作法通り茶を飲み干した直後、家斉が倒れ込んだ。
治済「まさか、もろともに……!」
このときの重好の冷たい目。邪悪な怪物が倒されるのに一片の憐憫も湧かぬとでも言いたげな目である。
47話の副題は「饅頭こわい」。同題名の江戸古典落語のサゲ(オチ)は、饅頭をたらふく食べた男が言う「このへんで、濃いお茶が怖い」。
つまり、最初から毒はお茶に入っていますよと示されていたのだ。そう来たか! であった。
涙ながらに主君に報告
しかし、仕込まれていたのは毒は毒でも眠る毒。茶室のからくりを蔦重から聞かされて、屋敷で待っている三浦庄司(原田泰造)が驚く。
蔦重「眠ってる間に入れ替えちまえってことで」「私にはてめえが企んだことで、人が死ぬってなぁ……」
斎藤十郎兵衛と入れ替えた治済を、阿波の孤島に閉じ込める。
本物はさるぐつわを噛まされ覆面を被せられ、輿ですらなく箱に詰められ錠をさされて、阿波に送られた。
前回のレビューで述べたように、まさにアレクサンドル・デュマ『ブラジュロンヌ子爵』鉄仮面の男だ。
一橋治済は77歳まで生きたという。史実通りの長命であれば、これから33年間、孤島でアリンコをいじめるか、畳の目をほじるくらいしかやることのない生涯を送るのだ。死ぬより辛い生き地獄、数多の命を弄んだ悪党にふさわしい罰である。
しかし、なぜ悪党の命を奪わなかったのか。
蔦重「栗山先生が、どれほど外道でも親殺しは大罪。義はあっても上様は大罪を犯すことになると」
物語のように事が運んで、江戸時代に社会的規範であった儒学を踏襲した打倒治済計略の決着。
三浦が田沼意次(渡辺謙)と意知(宮沢氷魚)の位牌に手を合わせる。
「殿、若殿。やりましたぞ。やりました……」
長い年月、いつかはと祈りながら菩提を弔っていたのだろう。
真の忠臣。その背中を、定信に同じく忠義を誓う水野為長(園田祥太)が涙で見守る姿にもらい泣きした。
泣きながら改めて謝る。三浦さん、一時は裏切り者じゃないかと疑ってごめんね!
仇討が成ったと、涙ながらに主君に報告。三浦の姿もまた、時代劇としての『忠臣蔵』を連想させる。
忠臣蔵、黄表紙、落語、小説…多種多様な創作物を盛り込み、これでもかとエンターテインメントに振り切った。蔦屋重三郎という江戸のメディア王が主役の大河ドラマらしいクライマックスだ。
最後まで恐ろしい悪役で、斎藤十郎兵衛との二役の演じ分けが素晴らしかった名優・生田斗真に、大きな拍手を贈る。
オタクそのまま
暖簾をくぐった定信の表情に「聖地に足を踏み入れたオタクじゃん!」と大爆笑してしまった。蔦重との会話も上の空で、並んでいる黄表紙を全部買い集める姿は、念願のアニメグッズ専門店、漫画公式ライセンスショップ、コミケで買い物する地方住みのオタクそのままである。
定信「上様を引き込んだそなたの考えは秀逸であった。褒めてつかわす」
蔦重「あの……それ、仰るためにお立ち寄りに?」
「いキちキどコきキてケみキたカかカったカのコだカ」
(一度来てみたかったのだ)
挟み言葉! 恋川春町(岡山天音)『金々先生栄花夢』だ!
12話(記事はこちら)で、初めて黄表紙を手に取った定信が『金々先生』を読み、水野に「これは一体どこの言葉だ?」と質問していたのだ。
水野が「遊里の言葉で、カ行を挟んで話すのでございます」と説明し「ほう。遊里にも然様に優れた符号が」と、夢中になるきっかけとなった遊びだ。
定信が黄表紙好きの魂を手放していなかったこと、最初の本との思い出を今でも大切にし続けていることに、同じサブカルチャー好きとして涙が溢れた。
定信「春町は我が神。蔦屋耕書堂は神々の集う神殿(やしろ)であった」
「あがった凧を許し笑うことができれば、すべてが違った」
やっと定信が、ただのファンとして蔦重に愛を、今は亡き春町に後悔を伝えられたのだ。
36話(記事はこちら)、布団部屋で一人絶叫した定信を観て以来、胸につかえていたものがほぐれていく。
豆腐の桶に著作を収めた恋川春町コーナーの前で、定信と蔦重が万感の思いで春町の名を見つめる。終わったのだ、仇討ちも供養も。
蔦重が「ご一緒できて、ようございました」と頭を下げる。
戦友への礼である。
最後まで憎まれ口をたたき合っての別れ、似た者同士で良いコンビだった。
定信「今後は随時よき品を見繕い、こまめに白河に送るように」
通販まで申し込んで帰るんかい。
ナレーション「こののち定信様は(略)文化振興にも努め、自ら『楽翁』と名乗り、硬軟兼ね備えたオタクとしても、その名を歴史に残すこととなります」
大河ドラマで「オタク」って初めて聞いたかもしれない。そういえば1話(記事はこちら)でスマホを取り出していた大河でした、なんの不思議もないか。
籠の中で定信が読みふけるのは復刻版『金々先生栄花夢』。
その表情は、少年時代の彼そのままであった。
最終回予告。
俺たちは屁だ!!
48話は大田南畝(桐谷健太)先生の号令の下、皆で蔦重を見送りましょう!
最終回のドラマレビューは12月20日(土)公開予定、よろしくお願い申し上げます。
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NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
脚本:森下佳子
制作統括:藤並英樹、石村将太
演出:大原拓、深川貴志、小谷高義、新田真三、大嶋慧介
出演:横浜流星、生田斗真、染谷将太、橋本愛、古川雄大、井上祐貴 他
プロデューサー:松田恭典、藤原敬久、積田有希
音楽:ジョン・グラム
語り:綾瀬はるか
*このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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