考察『豊臣兄弟!』秀長(仲野太賀)が兄・秀吉(池松壮亮)の光と影を垣間見た1話——兄弟が歩む天下への道のり
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
弟・豊臣秀長とともに歩む天下統一への道
「どうしたらいいんじゃ、小一郎」
兄の藤吉郎(池松壮亮)が、弟の小一郎(仲野太賀)に泣きつく。
二人はのちに、豊臣秀吉と豊臣秀長として歴史に名を刻む兄弟だ。
大河ドラマ『豊臣兄弟!』は秀吉の弟・秀長を主人公に据える。
秀吉の天下統一は、秀長なくしては成し得なかった──。
そう語られてきた兄弟の歩みを、私たちはこれから一年、見守ることになる。
人たらしの彼らに心奪われぬよう、用心しながら。
「さっさと戦に行ってこい!」
永禄2年(1559年)。弟の小一郎20歳、兄の藤吉郎23歳。
豊臣兄弟の生まれ故郷である尾張国中村(現在の愛知県名古屋市中村区)の場面では、当時の百姓の姿が描かれた。
小一郎と村の男はみな、腰に刀を帯びている。
戦があると聞いて「待ってました!」と大喜びする村の若者たち。
百姓と武士の身分が厳格に分けられた江戸時代と違ってこの時代は兵農未分離だ。
百姓は畑を耕し作物を育て、領主から求められれば鍬を槍に持ち替えて戦に出る。
戦に出れば食糧が与えられて恩賞も受けられるのだ。小一郎、藤吉郎の父は戦で受けた傷がもとで死んだ。村の墓では同じように死んだであろう者たちの塚に兜が供えられている。
小一郎の姉・とも(宮澤エマ)が小一郎を
「さっさと戦に行ってこい! 乱取りでもなんでもして、銭と食い物取ってこい!」
と叱り飛ばし、略奪上等の世であると示される。
土豪(小領主)・坂井喜左衛門(大倉孝二)の屋敷に押し寄せる野盗の群れといい、どさくさに紛れて小一郎を殺そうとする坂井喜左衛門といい、法律も倫理もへったくれもない。これを見ると、昨年の大河ドラマ『べらぼう』は江戸幕府が機能していたな……と思う。少なくとも、儒学に根差した社会倫理と法律で世を治めていた。
飢饉と陰謀で人がバタバタ死んでたけど。
小一郎たちが生きるこの時代も、足利氏が代々将軍をつとめる室町幕府が存在している。
だが、初代将軍・足利尊氏が京都で幕府を開いてから220年以上。
将軍家の力は衰え、全国各地で守護大名や在地領主、地侍らが領地を巡り争っている。
群雄割拠の乱世に、尾張国の統治者となったのが織田信長(小栗旬)だった。
信長に足軽として仕える藤吉郎は、小一郎にも織田家家臣になるよう迎えにきたのだ。
小一郎を殴った男は……
尾張国清須城主・織田信長、26歳。
永禄2年のこの年、織田信長は初めて京の都に上った。
尾張国をほぼ手中におさめ、室町幕府13代将軍・足利義輝から支配権を承認されることが目的といわれる。織田信長の一代記『信長公記』(太田牛一著・慶長15年/1610年成立)では、突然この計画が持ち上がったと記されているから、清須から都に行くための道路整備、道普請は突貫工事だ。
その人足に加わった小一郎は
「道が整うということは敵に攻め込まれやすくなる。(道で人や物が集まって)いくら御城下が栄えても滅ぼされては元も子もない」「織田信長、噂どおりのうつけじゃのう」
と評して、隣で聞いていた男に殴られる。
殴った男は、織田信長!
もちろん小一郎は信長の顔を知らない。
信長は若い頃は町中を歩き回り、人目もはばからず行儀の悪い振る舞いをしたと伝わる人物だから、市井の民に紛れ込んでいても不思議はない。だが一体何をしているのか。情報収集とも見えるが、もしや自分が唐突に決めた上洛のための工事進捗が気になり、いてもたってもいられなかったのか。
だとすればこの信長、めっちゃくちゃ厳しい空気を漂わせているのに、焦る心を抑えられない若さが感じられる。
そんなときに土砂崩れが起きて、明日の信長の出立に間に合わないかもという大ピンチ。
「信長様の逆鱗に触れたら容赦ない仕打ちが待っていると、皆そう噂しとる」
現場監督の侍の言葉に、人足たちの後ろで俯く信長の姿は(儂、そんなこと言われてるのか)と軽く落ち込んでいるようにも見える。
ここで信長は、小一郎の卓越した力に目を留めた。
手のひらクルックル!
信長の仕置きへの恐怖が現場を包む。
逃げ出そうとする皆を、小一郎が押しとどめた。ここで逃げたらタダ働きだ。
現場監督の侍に報酬倍額交渉を持ち掛け、それを提示して人足をまとめあげた。
工事続行である。
幼なじみである土豪の娘・直(白石聖)に頼まれ、村の揉め事をおさめてきた経験が、ここで活きる。素早い状況把握と分析、作業分担と的確な指示。自分を殴った男(信長)とも協力する、感情よりも目的達成を優先する判断力。
小一郎のもと力を結集した人足たちの働きで、道は夜明けまでに無事完成した。その道を進み上洛する信長は、平伏する小一郎を、藤吉郎の隣に認める。
「サル。こやつはお前の知るべか?」
藤吉郎に訊ねるも、弟が信長の不興を買ったらしいと知った兄は
「いえ! 存じませぬ! こんなやつ赤の他人でござります!」
信長が弟を評価したと知るや
「わしの自慢の弟にござります!」
手のひらクルックル返すにもほどがある。お約束にも思える展開だが、仲野太賀と池松壮亮の息がぴったり合っているので、掛け合いに笑わされてしまう。
しかしこんな調子よいだけに見える藤吉郎が、どうやって信長の草履取り(下僕)から足軽に出世したのか。その理由はすぐに描かれた。
どうして偉くなりたいのか
近ごろ、清須城下では盗賊被害が相次いでいる。
織田家重臣・柴田勝家(山口馬木也)は、盗癖の噂から藤吉郎を犯人と決めつけ、厳しく詰め寄る。
それにしてもこの柴田勝家、ビジュアルから声、言葉の圧力まで完璧じゃないか。ザ・柴田勝家。山口馬木也が似合いすぎだ。
身に覚えのない藤吉郎は売り言葉に買い言葉、ついに命をかけて盗賊を捕えてみせると言い切ってしまった。
「わしゃ、どうすればいいんじゃ?」
すがってくる兄に呆れながらも盗賊の動きを読み、策を立てる小一郎である。ちなみにここで、小一郎が次に盗賊に狙われると予想した屋敷の主・丹羽長秀(池田鉄洋)のビジュアルも完璧だ。
「丹羽長秀 肖像画」で検索してみてほしい。
盗賊の裏をかいて暗闇で待ち伏せする兄弟の場面。
偉くなってどうしたいのかと小一郎に問われて、藤吉郎が語る。
「母ちゃん(なか/坂井真紀)や姉ちゃんや、あさひ(二人の妹/倉沢杏菜)に腹いっぱい飯を食わせてやりたい」「親類縁者たち、もっと偉くなったら村の連中にも飯を食わせてやる。もっともっと偉くなったら──どうしたらええかのう」
愛する家族、身近にいる者を飢えさせない。それが出世の動機。
とても純粋だが、昇りつめた先がわからないという藤吉郎にドキリとする。
大河ドラマ『どうする家康』(2023年)では、徳川家康(松本潤)が鎌倉幕府編纂の歴史書『吾妻鏡』(あづまかがみ)』(正安2年/1300年頃成立)を愛読する場面があった。過去の武家の在り方を学び、より良い治世を考える機会があったのである。
百姓から足軽になった藤吉郎には、それがない。政の展望なき男がのちに天下を統べることになる。あたたかな口調なのに、どこか不安を覚えるのだ。
藤吉郎は続けて
「わしはみんなから好かれたいんじゃ。もう見下されたり、嫌われたりしたくない」
藤吉郎の想い人・寧々(浜辺美波)は「藤吉郎殿はどんなにひどいことを言われても平気で笑っている」と褒めたが、平気なわけはない。耐えていただけだ。忍耐の下で、好かれたい、感謝されたいという思いが膨らんでいたのだった。
弟だけに明かした、藤吉郎の心の内。
小一郎は目を開けたまま眠っており、兄の告白を聞き漏らす。このことは後年、ふたりの関係に響いてくるのか、こないのか。
暗闇の中に現れた横川甚内(勝村政信)は、敵の間者だった。
鋭い洞察で怪しいと見抜いた小一郎に斬りかかる横川を、藤吉郎が斬って捨てる。
目にも止まらぬ速さで、顔色ひとつ変えず。
常に最前線で戦ってきた者の剣筋、その手で数多の命を奪ってきた人間の目である。
故郷の村を出てから8年の間、這いあがりたいという一心で磨いた剣の腕と、本心を覆い隠す笑顔。
信長が評価し、草履取りから足軽に取り立てた藤吉郎の力であった。
伏して見えないその顔は……
京の都から戻ってきた信長によって、今回の事件の論功行賞が行われた。
間者・横川甚内を討ち取った兄弟には褒美の言葉はあったものの、手柄は兄弟よりも半日早く信長に暗殺の手が迫っていると知らせた、丹羽兵蔵という者のものになった。
永禄2年の信長暗殺計画は『信長公記』に記されている。美濃国(現在の岐阜県)の戦国大名・斎藤義龍(DAIGO)からの刺客の情報をもたらした者として、丹羽兵蔵の名があるのだ。
それを聞く藤吉郎の顔は、伏して見えない。隣で小一郎が、じっと兄の顔を窺っている。不服かと信長に問われて顔を上げた藤吉郎は明るい笑顔、明るい声で
「めっそうもございませぬ!」
小一郎が驚いているので、おそらくだが伏している間の藤吉郎の顔は怒りと悔しさで染まっていたに違いない。それでも、藤吉郎は笑ってみせる。
「手柄がほしければ誰よりも早く動け」
信長の言葉を、小一郎が聞き、藤吉郎は胸に刻む。これより二十余年後、兄弟は天下を賭けた大勝負に踏み出すことになる。その瞬間、この言葉が時を超えてふたりを突き動かすに違いない。
小一郎を襲う恐怖
清須から村に戻るという小一郎を、藤吉郎が止める。それを振り払って小一郎、
「わしは侍にならんのじゃない、なれんわ。あれから震えが止まらん」
「わしが恐ろしかったのは……兄者じゃ」
兄が恩ある男を一刀のもとに斬り捨てたことだけではあるまい。這いあがるためならどんなに見下されようとへつらって見せる、本心を隠して笑う兄。侍になったら、人の心を無くしてしまうのではないかという恐怖が小一郎を襲うのだ。
ただ、藤吉郎が刀を振るったのは、小一郎を守るためだった。
真に人の心が無いならば、誰かを守ろうとはしない。
人の心を失うことを恐れる弟と、失うことを承知で進み続ける兄。小一郎は、兄を人としてこの世に繋ぎとめるべく傍にいることを選ぶのだろうか。
大河ドラマ『豊臣兄弟!』は、天下を取った男の物語ではなく、天下を取らせた弟の物語だ。兄弟は同じ道を歩きながら、違う景色を見るのだろう。
ふたりの姿をこれから一年、見届ける。
次回予告と、これからの『豊臣兄弟!』。
直がよその男に嫁ぐ? 野盗の襲撃ふたたび。秀吉「これがこの世じゃ!」
乱世を歩む兄弟の前に、前田利家(大東駿介)、松平元康(のちの徳川家康/松下洸平)、今川義元(大鶴義丹)ら戦国の雄が現れる!
信長の妹・市(宮﨑あおい)「調子のよい猿どもじゃな」
ぱっつん前髪で可愛いのに、声にドスが利いてて最高。
第2話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、白石 聖、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.