考察『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』44話 平賀源内(安田顕)は紙風船で蝦夷に渡った?源内生存説を追う蔦重(横浜流星)に共闘を持ちかける人物に驚愕…あと4話!
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
源内が生きている?
「そう来たか!」と膝を打った44話。
悲痛な展開が続いていたところをぶち抜くカタルシスが凄かった回である。
待ち望んだ子を喪ったてい(橋本愛)と蔦重(横浜流星)は悲しみの淵に沈む。
ていは床に伏したまま食べられず弱っていき、憔悴しきった蔦重も絵師・喜多川歌麿(染谷将太)との絶縁という耕書堂の危機に対応できない。
駿河屋市右衛門(高橋克実)や鶴屋喜右衛門(風間俊介)らが仲裁を申し出るが、それを受ける気力すらない。
八方塞がりかと思われたこの時、快風のような男が耕書堂に現れる。
「おひけえなすって!」
仁義を切ったその男の名は重田貞一(井上芳雄)、のちの戯作者・十返舎一九。駿府(現在の静岡県静岡市)生まれで大坂で戯作家とったという経歴を披露し、蔦屋耕書堂に恋焦がれて抱えの作家に加えて欲しくてやってきたと言う。
やたらハキハキと明るい男だ。瑣吉(津田健次郎)──のちの曲亭馬琴といい、耕書堂には風変わりな人間が集まる。重田がプレゼントとして担いできた大凧が、蔦重夫婦を生き返らせるきっかけになろうとは……。
重田「ただの凧じゃねえですぜ。これを作ったのはかの平賀源内(安田顕)!」
瑣吉「平賀源内はとうの昔に死んでおろう」
重田「それが実は生きてるって話でして」
源内の名を聞いて、蔦重の目に生気が宿る。
重田の話によると、安永8年(1779年)に殺人事件を起こして獄死したと思われていた源内は(16話/記事はこちら)秘かに獄を脱出し、田沼意次(渡辺謙)の領地である相良(現在の静岡県牧之原市相良)に潜伏した。匿ってもらったお礼にと源内が考案したのが、この相良凧なのだそうだ。
ちなみに、源内が意次の領内に秘かに匿われていたこと、相良凧を源内が考案したこと、どちらも真偽不明の「源内生存説」として今に伝わるものである。
平賀源内は耕書堂の名付け親で蔦重の恩人だ。
飛び込んできた源内生存の噂は、生きる気力を失いかけた夫婦に射したひとすじの光だった。
朋誠堂喜三二再登場
蔦重の義母・ふじ(飯島直子)と義姉・とく(丸山礼)が、ていを見舞った。
持ってきたのは「ふじ撰江戸名物菓子之部」。ふじチョイス江戸名物お菓子詰め合わせだ。
小さめのもう一箱は、仏壇に供える分だと言う。
ふじ「小さな子は甘いものが好きだろう? おつよさん(高岡早紀)も嫌いじゃなかったしね」
ていにお菓子を手渡す時のふじの「ん」には、このうえもなく、温かな響きがあった。女たちの連帯が優しく描かれ、ていはお菓子を口に運んだ。
まぶしそうに青空を見上げる蔦重。上を向いて歩くのは久々なのかもしれない。
その足を向けた先は、杉田玄白(山中聡)の屋敷だ。
玄白は、この寛政5年(1793年)で60歳。
源内生存の噂を知らないかと蔦重に問われて取り出してきたのは『解体新書』(安永3年/1774年刊行)である。玄白、前野良沢が西洋の医学書を翻訳し、須原屋市兵衛(里見浩太朗)が出版した書物だ。
『解体新書』の挿絵を描いた秋田藩藩士・小田野直武は、源内から西洋画の技法を習ったという。
小田野は、源内が殺人事件を起こした安永8年、藩より謹慎処分を受けて江戸から秋田に戻された。その謹慎が解けた直後、32歳という若さで急死。自害なのか暗殺なのか、病気や不慮の事故なのか。明らかにされなかったゆえに様々な憶測を呼んだらしい。
てい「源内先生を匿い、逃したからなどと言うことは?」「この方のこと、詳しく調べられぬでしょうか」
蔦重は秋田藩に詳しい人物に手紙を出した。秋田といえば、そう、あの人だ。
朋誠堂喜三二(尾美としのり)再登場。
寛政5年のこの年、58歳の喜三二は家督を息子に譲り、隠居の身。
まぁさんが昔のようにひょうきんに笑ってくれて嬉しくなる。
喜三二「暇なのよ!」「暇なとこにさぁ、こんなに面白そうな話を書いてよこしゃ、そりゃあ。フフフ」
そう、「面白そうな話」だ。獄中で死んだはずの源内が生き延びて、どこかに隠れているかもしれないだなんて、歴史ミステリーのようだ。
喜三二は、小田野の急死は蔦重夫婦の推理通り、源内を匿った咎によるものではとないかと言う。
喜三二「源内先生は秋田で、でっけえ紙風船飛ばしたことがあるのよ!」
説明しよう。源内は安永2年(1773年)に秋田藩主に招かれ鉱山開発事業に携わった。そのときに小田野に西洋画の技法を教えたのであるが、同じころに秋田の上桧木内で熱気球の原理を応用した遊びを伝えたという言い伝えがある。現在も秋田県仙北市上桧木内では「上桧木内の紙風船上げ」が毎年冬の風物詩として行われ、仙北市指定無形民俗文化財となっている。
源内が自分で開発した紙風船に乗って蝦夷に渡った──その可能性もあるのではと蔦重は考えた。もう完全に黄表紙の発想だが、あらゆるパターンを想定して源内本人に辿り着くつもりである。
蔦重は次に、源内と蝦夷のことを知る人物を訪ねた。
三浦庄司、大田南畝を訪ねる
その人物とは亡き田沼意次(渡辺謙)の側近・三浦庄司(原田泰造)。
意次失脚後に三浦は相良藩から処罰を受けたとも伝わるが、その後の人生は記録に残っていない。寛政5年に生きていたとすれば70歳くらいである。
ドラマでは穏やかな生活をしているようで何よりだ。
蔦重から源内生存説を訊ねられた三浦は、当時の記憶を掘り起こそうとする。が、突然の来客があり、話は中断。三浦にコンタクトを取る人物が他にもいた。その人物とは……のちに明らかになる。
三浦から手がかりが得られなかった蔦重は、その足でもう一人、源内ゆかりの人物のもとに行く。
大田南畝(桐谷健太)「俺は忙しいのだ!次こそは受からねば神童の名が廃るのだ!」
南畝は受験勉強の真っ最中である。
寛政5年、45歳の彼が受験するのは「学問吟味」。この前年に寛政の改革の一環として始まった幕臣(旗本・御家人)対象の学力試験である。
主に朱子学の知識を問うもので、南畝は第1回試験で落第となってしまった。
このままでは神童の名が廃る、3年に一度の試験なので、次こそはと奮起しているのである。
蔦重「その神童の名が広がったのは源内先生のおかげですよね?」
南畝の名が世に轟いたきっかけは狂歌集『寝惚先生文集』(明和4年/1767年刊行)がベストセラーとなったことである。源内はその序文を寄稿した。
蔦重の指摘にぐうの音も出ない南畝は源内探索の手がかりの品を提供する。
『西洋婦人図』。
平賀源内の作品ではないかと現代に伝わる西洋絵画技法による油絵だ。実は作者はわかっていない。
てい「源内先生がお描きになったんですか?」
蔦重「そうじゃねえかなあ。蘭画(西洋絵画)だし」
源内は絵を描く。ていは「もしや、絵師になっているということはありませんか?」と推理し、蔦重はかつて源内の恋人が役者・2代目瀬川菊之丞(花柳寿楽)であったことなどから、芝居町に潜伏しているのではと当たりをつけた。
蔦重夫婦は、平賀源内探索ストーリーに夢中である。
ていがお菓子を食べながら熱く語る姿は謎解きを楽しんでいるようだ。
本作はこれまでも、29話(記事はこちら)でかをり(福原遥)が『江戸生艶気樺焼』で笑顔を取すなど、物語、エンターテイメントには心を快復させ、人を生かす力があるのだと描いてきた。
ここに来て物語に救われるのは他でもない、ていと蔦重の主人公夫婦だった。
源内の功績と伝承を組み合わせ、主人公復活劇を描く筋立てが素晴らしい。
「七ツ星の龍」と「源内軒」
そんなある日、耕書堂の戸口に何者かが文箱を置いて行った。
中には『一人遣傀儡石橋(ひとりづかいくぐつのしゃっきょう)』と題された戯作の草稿。
蔦重が開いて読んでみると、その内容には覚えがある。
それは「七ツ星の龍」と旧き友なる「源内軒」バディの痛快なる仇討ちの物語。
16話、源内が人を斬ったという報せを受けた蔦重は、現場に駆けつけた。血まみれの部屋に一枚だけ残された草稿に記されていたのが「七ツ星の龍」と「源内軒」だ。
草稿は殺人事件の真相究明を願う蔦重から意次の手に渡った。それを読んだ意次は、源内を陥れた謀略の存在を察知し、蔦重を守るために「焼き捨てろ」と三浦に手渡したのだった。
何者かが置いていった『一人遣傀儡石橋』には、その続きが書かれている。
死を呼ぶ手袋のからくりに気づいた七ツ星の龍と源内軒バディは、悪党の正体をつきとめる。それは傀儡(くぐつ)好きの大名。2人はその成敗にしくじり、七ツ星の龍は命を落とす──。
七ツ星の龍とは田沼家の家紋「七曜紋」と意次の幼名・龍助をうがった名で、意次を指す。意次が死んだのは源内獄死の後。蔦重は「これを書けるのは源内先生しかいねえよ」と生存の確信を得た。
草稿に添えられたメモ書きには、
開版のぞみ候はば、八日申の刻、安徳寺にお越しあるべく候
(この作品を出版したいと希望するなら8日の午後4時、安徳寺にお越しください)
源内先生からの呼び出しだ!
蔦重は胸を高鳴らせ安徳寺を訪れる。
我らと共に仇を討たぬか
だが、待っていたのは源内ではなかった。
松平定信(井上祐貴)「久しいな。蔦屋重三郎」
蔦重の「なんで?」には、困惑と期待を裏切られた憤りと、積年の恨みが入り混じる。
そこにいたのは定信だけではない。
定信のブレーンである儒学者・柴野栗山(しばのりつざん/嶋田久作)、蔦重と旧知の仲である火付盗賊改方・長谷川平蔵(中村隼人)、三浦庄司、そして、元大奥総取締・高岳(たかおか/冨永愛)。
驚く蔦重に、皆が口々に事の次第を語り聞かせる。
定信が一橋治済(生田斗真)の策略に嵌って失脚したことを知った高岳は、定信のもとに手袋を持参した。長い沈黙を破り安永8年(1779年)の将軍継嗣・徳川家基(奥智哉)変死事件のからくりを明かしたのだ。
定信は14年前のこの事件を紐解き、意次の命で手袋の行方を調査した平蔵、意次の傍で全てを見ていた三浦と情報を突き合わせ、一つの答えを得たのだった。
源内、意次・意知(宮沢氷魚)父子、老中首座・松平武元(たけちか/石坂浩二)、10代将軍・家治(眞島秀和)──。
一体どれだけの人間が治済の傀儡遊びの犠牲となったことか。
定信「此度宿怨を超え、共に仇を討つべく手を取るに至った」「どうだ、蔦屋重三郎。我らと共に仇を討たぬか」
市井に生きる人々と政の中枢で蠢く陰謀を絡めながら描かれてきた、江戸市中パートと江戸城パートがここに集約される展開が熱い。
ここまで観てきてよかった。
さあ。恩人・田沼様の政を打ち消した、恋川春町先生(岡山天音)を死に追いやった、宿敵・松平定信からの申し出にどう応える、蔦重……!
次回予告。おていさんが『歌撰戀ノ部(かせんこいのぶ)』で、歌麿と向き合う。大崎(映美くらら)生きていた! 定信「お前はもう関わっておる」それ一般的には悪者の台詞なのよ。治済、その腕に抱くのは何人目の孫でしょうか。久しぶりに作家大集合の耕書堂。しゃらくせえ……しゃらくさい。写楽! ついに登場『その名は写楽』!
45話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
脚本:森下佳子
制作統括:藤並英樹、石村将太
演出:大原拓、深川貴志、小谷高義、新田真三、大嶋慧介
出演:横浜流星、生田斗真、染谷将太、橋本愛、古川雄大、井上祐貴 他
プロデューサー:松田恭典、藤原敬久、積田有希
音楽:ジョン・グラム
語り:綾瀬はるか
*このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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