『うたかたの娘』著者 綿原 芹さんインタビュー ──「人魚は単純で純粋な生き物という感じです」
撮影・園山友基 文・中條裕子
ごくごく軽い語りで、物語は始まる。その調子から、どうも若い男が女性をナンパしているようだ。男の語り口は軽快で、読み手も自然と引き込まれていく。それがこれまでに体験したことのない、恐怖の幕開けになるとも知らず……。人魚をモチーフとしたこちらの短編連作のホラーミステリが、綿原芹さんのデビュー作となった。その全編を通し、主要な舞台となっているのが、綿原さんの故郷である、福井は若狭の海だ。
「福井は嶺南、嶺北といった地域によって、文化と言葉も分かれているんです。私は嶺南地方の海辺の町で育ちました。暖かく穏やかなイメージはなく、日本海は厳しい自然を思わせる海、ですね。色がとても濃く、晴れる日が少ない土地で、雨が多い。そういうところもホラーの舞台としていいかと」
そうした土地に古くから伝わるのが、八百比丘尼の伝説だ。人魚の肉を食べた女性が、若い姿のままに八百年もの長い年月を生き続けるという話を、耳にしたことがある人も多いはず。
自分なりに解釈をした、人魚の話を書いてみたかった
「人魚はさまざまな創作で使われるモチーフではありますが、私にとってはもともとホラーなイメージが強かったんです。けれど、子どもがディズニーのアリエルが好きで、一緒に見ているといろいろなイメージがあるんだなというのがおもしろくて。自分なりに解釈した人魚の話を書いてみたいと思ったのが、きっかけになりました」
そうして生まれたのが、連作の1章目となる物語だったという。
「これは先に元になった短編を書いていたんです。エッセンスだけのようなものだったのを気に入っていて、それを膨らませて長編にしていこうと、書き進めて。4つの話を通しての全体の大きな謎もあって、それぞれの話も退屈せず楽しんで読んでもらえる仕掛けを作っていきました」
それぞれの章ごとに登場する人物が、思わぬところで繋がっていたり、新たな顔を見せたり。謎と驚きとが詰まったミステリとしての楽しみも確かに大きいが、底に流れているのはさまざまな形の“恐ろしさ”だ。
「もともと、人間のドラマを描きたいという気持ちが強かったので、お化けの怖さよりも、人間の怖さに比重が寄っていったところはあるのかなと思います」
そう綿原さんが語るように、異形なものたちがふうっと立ち現れる怖さもあれば、圧倒的な善なる人間がガラリと悪へと変化する怖さもあり。人間と人間ならざるものが入り乱れ、さまざまな恐ろしさが描かれていく。一方で、この物語に描かれる人魚はひたすらに美しい顔立ちで、人間の前に現れてくる。〈わたしは顔が綺麗なだけの化け物〉といった台詞が人魚から途中つぶやかれるのだが、読み進めるうち、一体人間とどちらが本物の化け物なのだろうと考えさせられてしまう。実はそれが一番の恐ろしさ、なのかもしれない。
『クロワッサン』1154号より
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