『魚が存在しない理由 世界一空恐ろしい生物分類の話』ルル・ミラー 著 上原裕美子 訳──有名学者の生涯を追って訪れた気づきとは
文字から栄養。ライター・瀧井朝世さんの、よりすぐり読書日記。
文・瀧井朝世
美しい装丁とタイトルに惹かれ、予備知識ゼロで買った一冊。これが当たりだった。
さまざまな心の傷を抱えるサイエンスジャーナリストが、人生や存在の意味のヒントを求めて一人の生物学者について調べ始める。その学者とは、生涯をかけて魚類を収集・分類したデイヴィッド・スター・ジョーダン。幼い頃から魚類に関心を示し、飽くなき探究心でそれらを分類しつづけ、彼の名前にちなんだ魚の名前もあるという。南方熊楠(みなかた・くまぐす)みたいな在野の知の巨人かと思ったら、スタンフォード大学の初代学長なのだとか。
彼の幼少期からの変遷と、書き手自身の事情や苦悩が交錯していく内容。彼の不屈の精神に励まされていく展開かなと思ったら、全然違った。ジョーダン氏、じつはとんでもない輩なのだ……!
ダーウィンの思想とジョーダンの考えの違いなども指摘されるなか、何かに名前をつけ、分類し線引きすることの脆さと危うさも見えてくる。それらが著者自身の人生観に影響を与えていく様子は、感動的ですらある。詳しい人には既知のことなのだろうが、最終章で明かされる本書のタイトルの意味にもびっくりした。世界の見方をちょっぴり変えてくれる一冊。
『クロワッサン』1146号より
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