『エステルの手紙教室』セシル・ピヴォ 著 田中裕子 訳──遠い誰かとの文通がもたらしてくれたもの
文字から栄養。ライター・瀧井朝世さんの、よりすぐり読書日記。
文・瀧井朝世
北フランスのリールで書店を営むエステルは、長年文通していた父を亡くし、その死を偲んで手紙教室を開く。応募してきたのは、妻が産後うつに苦しむ夫婦、多忙なビジネスマン、孤独な青年、田舎暮らしの老婦人。みな住んでいる場所はバラバラだ(夫婦も別居中)。彼らはエステルを含むメンバーのうち2人と手紙を送りあう。その文面を交えながら進行するのが、この物語だ。
知らない者同士だからこそ気を遣って相手を尊重する部分もあれば、遠い存在だからこそ本音を打ち明けられる部分もある。SNSのような短文ではなく長文を書くことで、漠然としていた自分の本音や悩みを客観的に見つめ直し、それを言語化できるようにもなっていく過程がよく分かる。文通相手が2人いるのも絶妙。一方とのやりとりが他方とのやりとりにもよい影響を与えていく印象だ。相手の背中を押すことが、自分の一歩にも繋がるのだ、と実感させられる物語であった。
個人的に、リールは昨年訪ねたのでエステルの生活環境を想像するのが楽しかった。また、日本について言及される箇所が複数あって、これがやや意外(特に「蒸発」について)。誰かと話したい。
『クロワッサン』1146号より
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