ゾクッ、真夏の夜を震わせる! 読んでよかったホラー小説
撮影・青木和義 文・嶌 陽子 イラストレーション・栗田有佳
右・川奈まり子(かわな・まりこ)さん 作家、怪談の語り手
丹念な取材をもとにした実話怪談が人気。怪談の語り部としても活動中。『実話四谷怪談』『東京をんな語り』など、著書多数。
左・朝宮運河(あさみや・うんが)さん 怪奇幻想ライター
得意分野であるホラーや怪談・幻想小説を中心に、朝日新聞のブックサイト「好書好日」などで書評・ブックガイドを執筆。
『リング』をはじめとする1990年代後半のホラーブームから四半世紀。ここ数年、ブームが再燃しているという。おすすめ作品を、怪談作家の川奈まり子さんと、怪奇幻想ライターの朝宮運河さんに教えてもらった。
朝宮運河さん(以下、朝宮) 昔は創作であるホラー小説と、本当にあった話を元にした怪談というジャンルが別々にありましたが、最近は2つが融合した作品が多いですよね。怪談の怖さや面白さを小説に取り込んでいる。
川奈まり子さん(以下、川奈) 私もそうですが、小説と実話怪談の両方を書く作家も増えてきて、2つの垣根がなくなっていますね。
朝宮 その意味では、以前と比べると絵空事ではない、より身近な怖さを描いたものが多いです。
川奈 私の最初のおすすめ、藍上央理(あいうえおうり)『完璧な家族の作り方』もまさにそんな作品。いわゆる「事故物件もの」なんですが、家族や家屋など、広い意味での「家」がテーマになっています。
朝宮 「家」への執着が凝り固まると、こんなに怖い物語になるんだという作品ですよね。ネット記事や音声記録を挿入したりして、手法がすごく現代風なのも特徴です。
川奈 私は実話怪談を書くために、これまで6,000人くらいの方にインタビューして体験談を聞いているんですが、最近はご家族や家の中のことを話してくださる方が本当に多くて。現代の怪談において、家族はすごく大きなテーマだなと思っているんです。
朝宮 僕が最初におすすめしたいのは恩田陸『珈琲怪談』。男性4人が全国各地の老舗の喫茶店に集まって怪談を披露し合うという話なんですが、怪談は全て恩田さんが実際に取材した話やご自身の体験談、ご家族から聞いた話だそうです。そう思って読むと、より身近な怖さを感じられるかも。
川奈 登場する男性たちが知的で、会話も落ち着いている感じですよね。
朝宮 彼らがすごく楽しそうに怪談を語るのがいいんです。誰しも修学旅行などで経験があるかもしれませんが、怖い話をすると人との距離が縮まる気がします。なぜ人は死ぬのか、あの世はあるのかなど、実は皆が共通して持っている関心事で、それを通じて周りとつながるんですよね。それと、喫茶店文化を味わえるのもこの本の魅力。
川奈 登場する喫茶店も、実在する名店をモデルにしているので、知っているお店が出てくるとうれしいですよね。私のおすすめ2冊目は鈴木光司『ユビキタス』。SF作品とも思えるような物語で、とにかくスケールが壮大なんです。「実は地球を支配しているのは植物だった」というのがテーマで、入り込んで読むと、植物を見る目が変わってくるかもしれません。
朝宮 謎の死を遂げた人々の共通点は何かを探るなど、鈴木さんの大ヒット作『リング』にも少し共通するところもありますよね。僕の2冊目は背筋(せすじ)『口に関するアンケート』。背筋さんは、最近のホラーブームを代表する作家です。誰かの証言や雑誌の記事、ネットの投稿などを組み合わせ、フィクションを実録風に表現する“モキュメンタリー”が最近流行っているんですが、その中心的作家ですね。この作品も、とある心霊スポットに行った大学生たちの証言を元に構成されています。軽い気持ちで読んでいくと、それぞれの証言がだんだんつながっていって、なんともいえない不穏さを感じます。
川奈 本がてのひらサイズなのもびっくりしました。字の色も3色使っていたりして、工夫されていますよね。
朝宮 持っていることで自分も共同体験をしているかのような怪しいサイズや、表紙にタイトルと著者名、裏表紙に「口は災いのもと」と書かれている以外、一切本に関する情報がないところなど、紙の本にしか出せない魅力がたくさんあると思います。
川奈さんおすすめの5冊
『完璧な家族の作り方』
藍上央理 著
北九州に現存する一軒家で起きた凄惨な事件。その家で増え続ける行方不明者と、奇妙な怪談に関する取材記録の数数。そして、1枚の家族写真──。惨劇のあった家をめぐる心霊ホラー小説。
『ユビキタス』
鈴木光司 著
連続変死事件を追う探偵が、死者の共通点は「南極深層の氷」にあること、また15年前、同様の変死事件が新興宗教団体の中で起きていたことを突き止める。日本ホラー界の帝王による16年ぶりの完全新作。
『冬の子 ジャック・ケッチャム短篇傑作選』
ジャック・ケッチャム 著 金子 浩 訳
ハロウィンの夜に子どもたちを受け入れようとする女性の物語「行方知れず」、ある箱を覗いてから食事をいっさいとらなくなった息子の姿を描く「箱」など、ホラーの巨匠による計19篇。日本独自編集。
『告白怪談 そこにいる。』
川奈まり子 著
全国各地から著者のもとに引き寄せられるように集まってきた怪異の体験談。それら一つひとつの時代と場所を確認し、紡ぎ上げた書き下ろし。「消えた乗客」「和裁寮」「彼女の箱」など全32話を収録。
『をんごく』
北沢 陶 著
大正末期、大阪・船場。画家の壮一郎は妻の死を受け入れられず。巫女に降霊を頼むが「奥さんは普通の霊とは違う」と警告される。第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞初の三冠(大賞・読者賞・カクヨム賞)受賞作。
怖さと美しさを両立させる「大人のホラー」も
川奈 ジャック・ケッチャム『冬の子』もおすすめです。ケッチャムはアメリカのホラー作家で、昔から大好きなんですよ。すごく痛そうな描写とかがたまらなくて。これは短編集で、目玉は「行方知れず」という作品。ハロウィンの夜に子どもたちを待つ女性の話なんですが、謎めいていて、終わり方も不思議。いろいろな解釈ができる話です。「箱」もすごく奇妙で怖かった。ほかにもさまざまなテイストの話が入っているので、海外ホラーを読む入り口としてもいいかもしれません。
朝宮 僕の3冊目は小池真理子『アナベル・リイ』。小池真理子さんというと、恋愛小説やサスペンス小説のイメージが強いと思いますが、実は怪談の名手です。とにかく文章が美しくて、しかも怖い。怖さと美しさの両立ってなかなかできることじゃないと思うんですが、それを見事に実現しています。
川奈 私も怪談を美しく書きたいと常々思っていて、お手本として小池真理子さんの作品を読んでいます。何といっても情景描写が素晴らしいなと。湿度が高くて、ずっと梅雨みたいな感じ。五感にフルに訴えかけてきて、その場に読者を引き込む力がとても強いと思います。
朝宮 この小説はある女性の一生を描いているんですが、主人公が20代で知り合った女友だちが、若くして病気で亡くなってしまう。ところが、その友だちの魂がこの世に留まり続けていて、人生の折々に主人公の前に姿を現すんです。こう聞くと普通の話だと思うかもしれませんが、その幽霊が出てくる時の描写の密度が本当に高い。人が幽霊を見る瞬間というのはこんな空気が流れているに違いないと思わされます。
川奈 庭に面した窓ガラスに人影が映るのを見るシーンとかね。何げないところから始まって、ぐっと引き込まれるんです。暗闇からオバケが急に現れてギャッと脅かすような怖さではなく、じんわり滲み入るような怖さ。
朝宮 「気配」の怖さを感じる大人のホラーですよね。物語自体も、これまでいろいろ人生経験を積んできた人のほうが楽しめると思います。
川奈 4冊目は自分の作品なんですが、川奈まり子『告白怪談 そこにいる。』。実話怪談集の最新作です。インタビューで聞いた体験談を元に、自分でも現場に足を運んだり資料を集めたりして、土地の風景や風俗などを入れ込みながら再構成しています。全て一人称を使って「告白」のかたちで書いているんですよ。一人称だと、字数が限られている短編であっても一気に読者を物語世界に連れていけるんです。
朝宮 川奈さんの怪談は、お化けの話だけを切り抜くのではなく、背後の風景や時代の空気みたいなものも含めて描いていますよね。その人の生きてきた証しが見えてくるところが好きです。
川奈 時代を書き残したいという意識は強いですね。その時代だからこその怪談というのもあると思いますし。
朝宮 では、僕の4冊目。上條一輝『深淵のテレパス』は、去年出た話題作です。これが著者のデビュー作なんですが、エンタメ性が非常に高くて面白い。ホラー小説ってどういうものなのかを知りたい人にもおすすめです。
川奈 確かに、すごく面白かったです。文章も読みやすいですし。
朝宮 ある女性が怪談イベントでとある怪談を聞いてから、身の回りで変な現象が次々と起こり始めるんですが、調べていくと同じ怪談を聞いた人たちも同じように怪奇現象に悩まされていることが分かってくる。ある意味『リング』へのオマージュでもあるんですよね。鈴木光司さんがしたことを下敷きにしながら、新しい時代のホラーを作っていると思いました。前半は早稲田大学周辺のご当地ホラー的要素がありつつ、後半は日本の近代史の闇にも迫っていく。その辺りも含め、がっちりエンタテインメントになってるなと思います。
朝宮さんおすすめの5冊
『珈琲怪談』
恩田 陸 著
京都、横浜、東京、神戸、大阪──。多忙な4人の中年男たちが各地の喫茶店をハシゴしながら、持ち寄った怪談を披露し合う。直木賞、本屋大賞受賞作家による、奇妙な味がじわじわと怖い全6編。
『口に関するアンケート』
背筋 著
昨今流行りの「モキュメンタリーホラー」を代表する作家による作品。心霊スポットに行った若者たちの証言を読み進めていく一冊。タイトルにある”アンケート”の意味は……? 本のサイズも話題に。
『アナベル・リイ』
小池真理子 著
1978年、悦子は舞台女優を夢見る千佳代と出会い友だちになる。しかし、千佳代は恋人の飯沼と結婚後間もなく他界。千佳代亡きあと、悦子が飯沼への恋心を解き放つと、彼女の亡霊が現れるように──。
『深淵のテレパス』
上條一輝 著
会社の部下に誘われた大学のオカルト研究会のイベントでとある怪談を聞いた日を境に、高山カレンは怪現象に悩まされるように。追い詰められたカレンは「あしや超常現象調査」の二人組に助けを求める。
『眼下は昏い京王線です』
芦花公園 著
怪異を探し求める青年・シマくんと、彼に一目惚れした、怪異を寄せる体質の女子大生・琴葉。琴葉は危険な目に遭いながらシマくんの調査を手伝う。東京の京王線の街を舞台にした連作短編集。
人間が持つ「畏れ」の意識を肯定し、解放してくれる
川奈 私の最後の1冊は北沢陶『をんごく』。大好きな作品です。大正時代の大阪・船場の商家に生まれ育った男性が関東大震災によって亡くなった妻の死を受け入れられず、霊能者に妻の霊を呼び出してもらおうとする。
朝宮 肝になっているのが「死んだ人にもう一度会いたい」という人間の根源にある感情。それが思わぬ方向に転がっていくんですよね。
川奈 途中で出てくる顔のない存在「エリマキ」が主人公とバディのような関係になっていくんですが、2人の掛け合いも楽しくて。船場の言葉をものすごく巧みに書いているのも魅力だし、あらゆる面で隙のない傑作です。
朝宮 僕の最後は芦花公園『眼下は昏(くら)い京王線です』。昨今、ローカルな怪談を掘り下げる「ご当地怪談」が流行ってるんですが、これはいわば「ご当地ホラー」。東京の京王線沿線を舞台にしています。しかも恋愛ホラーというところも面白い。それぞれのエピソードがよくできているんですが、最終的には思わぬ形に決着します。
川奈 ネタバレになるから言わないけれど、言いたくて仕方ないです(笑)。
朝宮 今回はお互いにさまざまなテーマの作品が出てきましたね。
川奈 ホラーというと残酷なものやスプラッターものを想像する人も多いと思いますが、それはごく一部。
朝宮 中心にあるのは「未知のものへの恐怖」というテーマ。死んだらどうなるか、霊はいるのかいないのか。そういうことって、やっぱり誰しも一番興味があることなのでは。
川奈 「恐れ」は「畏れ」にも通じますよね。現代社会は、神や超自然的なものへの畏怖の心を非合理的なものとして否定しています。でも、そうした気持ちというのは人間の本能的なところに根ざしていて、決して消えない。ホラー小説は、そうした意識を肯定し、解放してくれるものなんだと思います。
朝宮 それに、やっぱり怖い話って単純に楽しいんですよ。おそらく人類の歴史が始まった時から、幽霊とかじゃなくても、猛獣とか、地震とか、侵略者とか怖い話はあって、誰もが関心を持っていたはず。やがて人類の進化とともに怖い話を娯楽として楽しめるようになってきたんだと思います。最近は本当にさまざまなホラーコンテンツがあるので、ぜひ自分の好みに合うものを見つけて読んでみてほしいですね。
『クロワッサン』1144号より
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