『水の流れ』クラリッセ・リスペクトル 著 福嶋伸洋 訳──思索をめぐらせる心地よい文章世界
文字から栄養。ライター・瀧井朝世さんの、よりすぐり読書日記。
文・瀧井朝世
十代の頃の話になるが、中学生の時、父の本棚にあった哲学者アランの『思想と年齢』を読んだ。内容はさっぱり分からなかったが、ひたすら思索をめぐらす美しい文章世界に魅了された。
その経験を思い出させたのが本書である。物語性は低く、ひたすら「わたし」が「あなた」に語りかけている。何度も「感じたことを即興で書いています」ということを主張している感じ。言葉によるトランス状態を導くような文章世界で、これが心地よい。卑小な存在にすぎない人間も、こんなふうに世界を、時間を感じていいのだと許される気分になる。
どんな文体か分かるよう少し引用しようとしたが、これがなんとも難しい。直観の潮流のような文章世界なので、どっぷり身を投じて味わわないと魅力が伝わらない気がする。ただし、じっくり丁寧に読む必要があるとも思わない。ぱらぱらっとめくって印象的な箇所を咀嚼する読み方が楽しい、という類の本だ。ウクライナに生まれ生後まもなくブラジルに移住した著者の経歴を踏まえると解釈が深まる箇所もあるが、ただ書かれてあることを直観的に受け止めてもよいと思う。それもひとつの読書方法だ。
『クロワッサン』1143号より
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