林望さんが語る「生涯の一冊との出合い」
撮影・森山祐子 文・嶌 陽子 構成・中條裕子
高校時代に読んだ詩集をきっかけに詩人を志しました
見せてもらったのは、和紙で装訂された美しい佇まいの本。詩人、三好達治の詩集『故郷の花』の初版本だ。この一冊が、林望さんが詩に目覚めるきっかけとなったのだという。
「高校生の時、早稲田通りの古書店街で手に入れたものです。実はその頃、高校の同級生に薦められて萩原朔太郎の『月に吠える』を読んだものの、最初はよく分からなかったんです。そうした中で萩原朔太郎の弟子である三好達治のこの詩集に出合って、読んでみたらすごくよかった。そこから萩原朔太郎のほかの詩集や佐藤春夫、堀口大學、田中冬二など、近代詩史を彩る詩人の作品を読むようになり、自分でも少しずつ詩を書くようになりました」
大学で国文科を選んだのも、詩人になるために語彙や文学世界を広げようと思ったから。
その後、書誌学や近世日本文学の研究者となったものの、「あれは世を忍ぶ仮の姿だったんです」と笑う。
やがて東京藝術大学の助教授になり、さまざまな音楽家と知己を得たのをきっかけに、数多くの歌曲や合唱曲をはじめ、校歌、市歌、社歌などの作詩も手がけるように。10代からの夢を見事に実現したのだった。
詩人への入り口となった詩集はまた、林さんに書物というものの楽しさも教えてくれた一冊でもある。
「この本で詩集の美しさにも開眼して、古書を集めるようにもなりました。眺めているだけでうれしくなる見た目、手に持った時の存在感。オブジェクトとしての書物の楽しみというものは、確かにあると思うのです」
抒情詩人として評される三好が、昭和21年に創元社から出版した詩集の初版本。
右から、田中冬二『青い夜道』、『佐藤春夫詩集』、三好達治『故郷の花』、萩原朔太郎『氷島』。どれも大正〜昭和初期に出版されたもの。
『クロワッサン』1136号より
広告