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祖母、母、娘——女たちの歴史と未来を韓国の小説から考える

近年勢いのある韓国の女性作家たちが描く、女性の生き方や葛藤。隣の国の物語は、きっと私たちに重なるものがあるはず。

撮影・幸喜ひかり イラストレーション・松栄舞子 文・嶌 陽子

フェミニズム:2つの実際の事件を契機に女性たちの怒りが爆発した

古川 続いては、こうした家父長制の社会から脱却して声を上げていこうという、ある意味次のフェーズに移った作家たちの作品。1冊目は『僕の狂ったフェミ彼女』(3) です。

倉本 タイトルが強烈ですよね。「僕の〜」とあるので「僕」の視点から女性を見ているんだけど、果たして「狂っている」のはどっちなのか。

古川 元の言葉は、韓国では「狂った」だけでなく「しょうもない」みたいなニュアンスも含まれる気がします。

倉本 作中に、フェミニストが集まるオンラインコミュニティ「メガリア」が出てくるのですが、これは実在のもの。2015年、中東呼吸器症候群(MERS)が流行した際、海外旅行に行った女性が韓国にウイルスを持ち込んだというデマが流れ、ネット上にミソジニー(女性嫌悪)的な書き込みがあふれた。それに対抗するためにできたのが「メガリア」でした。

古川 その翌年の2016年に「江南駅殺人事件」が起きました。江南駅前の商業ビルにある男女共用トイレで、20代の女性が殺害されたんですが、犯人は女性とは面識がなく、女性蔑視・女性嫌悪からの犯行だということがわかった。前年のMERSの件もあり、女性たちの怒りが爆発しました。

この2つの事件は韓国のフェミニズム運動を活発化させる大きな契機になりました。文学においてもその頃からフェミニズムを扱うエッセイや小説が一気に増えて、この作品もそうした流れの中で生まれたものです。

倉本 性被害などを告発するMeToo運動はアメリカから始まって世界的に盛り上がったけれど、韓国ではこうした事件を背景に、また少し違う文脈で広がった気がします。

古川 『ヒョンナムオッパへ』(4) は、女性作家によるフェミニズム小説集。

倉本 「オッパ」っていうのは「おにいちゃん」っていう意味で、実の兄や親しい年上の男性に対して使う言葉ですよね。女性が一歩下がるニュアンスもある気がします。

古川 女性にとっては「オッパ」が呪縛になる場合もあります。

倉本 常に可愛く、愛される「妹」じゃなくちゃいけないっていうね。

古川 この小説集からは「女や妻たるもの、こうすべき」という考え方から一歩離れてみようという意図が感じられます。それぞれの作家の切り口が面白くて、フェミニズムを意識しなくても、純粋に読み物として楽しめる一冊。韓国文学は未経験という人への入門編としてもおすすめしたいです。

倉本 『82年生まれ、キム・ジヨン』(5)の作者、チョ・ナムジュさんが表題作を書いているんですよね。

古川 『82年生まれ、キム・ジヨン』も、フェミニズム文学に影響を与えた作品として避けては通れません。先ほど話した家父長制にも触れていますし。

倉本 キム・ジヨンという氏名は、韓国で一番多い名字と、1980年代前半に生まれた女の子に最も多くつけられた名前を組み合わせたものだとか。30代の女性の半生を通して、韓国の女性なら誰もが経験するような男女の不平等を描いています。

古川 主人公のジヨンの母親の視点で語られる部分は家父長制を反映している一方、ジヨンは気弱な女性ではあるんですが、フェミニズムに足を一歩踏み入れているんですよね。だからどちらの世代も共感できるはず。

倉本 精神科医のカルテという形であえて淡々と描いているのも面白いです。

古川 この作品が出た時は、反発する男性も多かったようです。韓国人男性は、20歳前後の貴重な時期に約2年間兵役につかなくてはいけない。日本よりはるかに激しい競争社会の中で、その2年間を失うのは大きいんですよね。そうした中で「女性は少しくらい我慢しろ」という意識もあるのでしょう。

倉本 作中、ジヨンが通りすがりの男性から「ママ虫」と言われます。働かないで夫のお金で遊んでいるパラサイト、といった意味。こういうスラングからも男性の反発が感じられます。

3.『僕の狂ったフェミ彼女』ミン・ジヒョン著、加藤慧訳、イースト・プレス(1,760円)
3.『僕の狂ったフェミ彼女』ミン・ジヒョン著、加藤慧訳、イースト・プレス(1,760円)

学生時代の恋人が忘れられない、30歳の男性。ある日偶然、彼女に再会、運命を感じて喜ぶものの、彼女はフェミニストになっていた。主人公「僕」の視点で、フェミニストの彼女の姿が描かれる。

4.『ヒョンナムオッパへ』チョ・ナムジュほか著、斎藤真理子訳、白水社(1,980円)
4.『ヒョンナムオッパへ』チョ・ナムジュほか著、斎藤真理子訳、白水社(1,980円)

7名の若手実力派女性作家による、フェミニズムをテーマにした短篇集。地方からソウルの大学に進学した女性が先輩に恋をする表題作をはじめ、SFやサスペンスなど、多彩な切り口の物語を収録。

5.『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳、筑摩書房(1,650円)
5.『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳、筑摩書房(1,650円)

ある日突然、自分の母親や友人の人格が憑依したかのようなキム・ジヨン。誕生から学生時代、就職、結婚、育児など、彼女の人生を振り返る中で、女性の人生に立ちはだかるものが浮かび上がる。

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