認知症の世界を理解して実践する:人間らしさを取り戻すーーユマニチュードの哲学と技術
撮影・土佐麻理子 イラストレーション・イオクサツキ 通訳・石川裕美 文・松本あかね
認知症の人の不安を取り除くのは愛と優しさ
『ユマニチュード』とは「人間らしさを取り戻す」という意味の造語で、ケアを受ける人が最期まで人間らしく自立して生きることを目指すケア技法だ。
私たちはつい認知症の人をコントロールしようとする。本人が今どのような世界を生きているかを理解せず、「正しい」ことを強制してしまう。それに対して起きるのが防御としての暴言・暴力、自分の世界に引きこもってしまう自閉状態などだ。
もし親しい家族が見も知らぬ人になってしまったように感じるとしたら、私たちの対応そのものがその人の「人間らしさ」を奪ってしまっているのかもしれない。
「認知症の行動上の問題の源には、理解されない、分かち合えないことへの不安があります。小さい頃、怖いことがあったとき、どうしましたか?そう、お母さんのところへ行って抱きしめてもらいましたね」
瞳を見つめる、穏やかに語りかける、優しく触れる。「優しさと愛情だけが不安を取り除くことができます」とジネストさん。
親子、友人、恋人同士。人間のポジティブな関係には、こうしたお母さんが赤ちゃんに対するときと同様の行為が見られるという。相手の不安を取り除き、人間らしさを取り戻すためには、自分より弱い存在になってしまった親ともう一度このような関係を築く必要がある。
「ノー」と言わない、相手の世界を理解する
ユマニチュードではケアの「見る・話す・触れる」技術を確立し、これに「立つ」ことをサポートする技術を加えた「4つの柱」をケアのベースとしている。どんなに大切に思っていても、介護中の相手にそれを伝えることは難しい。
けれど技術として身につけることで、日々の困った場面を愛の場にすることができるとジネストさんは話す。
「たとえば認知症の人が外へ出て行こうとするとしますね、『フランソワを学校に迎えに行かなければいけない』と言って。このとき、相手にとっての真実を否定しません。『フランソワは亡くなったよ、去年お葬式したでしょ』とは言わないのです」
「『私も一緒に行くよ!あ、待って、ランチの用意したかしら?フランソワ、パスタ大好きでしょう?パスタ作りましょう。ママ手伝ってくれる?』。そうこうしているうちに、フランソワのことは忘れて、私たち2人分のパスタを作ってくれる。いいお母さんですね!(笑)」
家族を失ったというエピソード記憶は消えていても、料理をするという手続き記憶は残っているため、得意なことをしてもらうことで囚われている考えから気をそらし、落ち着かせることができる。
こうして認知症の家族との絆を結び直し、お互いに「人間らしく」生活できることは介護者にとっても大きな意味がある。
健康上の問題は、介護する側のほうが大きい
「フランスでは介護を経験した人は寿命が5歳縮むという研究結果があるほどです。そのことからも優しさと愛を伝えていく介護は、介護を担う人の健康にとっても大切なことなのです」
ユマニチュードを学びたいなら
国立病院機構 東京医療センターでは今春から家族と本人を対象に「ユマニチュード教育入院」をスタート。専門インストラクターから家庭でのケア技法を学ぶことができる。
オンラインではNHK厚生文化事業団の福祉ビデオライブラリー「優しい認知症ケア ユマニチュード」が無料で公開されている。
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