新しい記憶が失われ古い記憶が残る、認知症の世界を知る
撮影・土佐麻理子 イラストレーション・イオクサツキ 通訳・石川裕美 文・松本あかね
認知症の世界を理解して実践する
ある日、目の前の物の名前が言えなくなり、服の着方がわからなくなる。何度も同じことを聞き、説明してもわかってもらえない。大切な人が変わってしまった、意思疎通ができないと感じるのは家族にとって試練だ。
フランスを中心に、介護ケアに40年以上携わってきたイヴ・ジネストさんは、認知症を「記憶の病」と呼ぶ。
「これまで蓄えてきた知識や思い出が、新しいものから順に消えていく。自分の周りが知らないこと、理解できないことばかりになったとしたら、とても不安なことではないでしょうか」
認知症の人は自分がどのように感じ、考えているかを脳の認知機能の衰えから言葉で説明できない。そのため、ある意味「不安という感情の牢屋の中で暮らしているようなもの」だという。突然怒り出す、外へ出て行こうとするなど、周りが理解できない行動のほとんどがそうした不安を理由に説明できるとジネストさん。
そして、その不安がどこから生じているかを知るには、〝記憶の仕組み〟について理解することが手掛かりになる。
「記憶は大きく短期記憶と長期記憶とに分かれ、短期記憶はいわゆるワーキングメモリ(作業記憶)として、1つの行動をやり遂げるために不可欠な記憶」
「長期記憶には4種類あり、『意味記憶』は学んで得た知識や情報、『エピソード記憶』は出来事に関する記憶。『手続き記憶』は服を着る、料理をするなど動作に関わる記憶。『感情記憶』はうれしかったことや悲しかったこと、感情と結びついた出来事の記憶です」
短期記憶のほとんどが数十秒で消えていくのに対し、長期記憶は古い記憶から積み重なるように脳の海馬にしまわれていく。認知症になると、長期記憶も最新のものから消え、最後まで残るのが『感情記憶』といわれている。
「結婚したことを忘れている人は、改姓後の苗字で呼んでも振り向きません。現実は80歳なのに、年齢を聞くと18歳と答えるのも、新しい記憶から失われ、古い記憶の世界に生きているからです。こうした記憶の仕組みを知ることは、相手が今、世界をどう認識しているかを推測する手掛かりになります」
短期記憶と長期記憶の特徴
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