セルジオ・メンデスの日本における最大のヒット曲「サマーチャンピオン」。【高橋芳朗の暮らしのプレイリスト】
セルジオ・メンデス ブラジル’88「サマーチャンピオン」
ブラジル音楽の伝道師が放った日本における最大のヒット曲。
「Mas Que Nada」のヒットで知られるブラジル出身のピアニスト/プロデューサー、セルジオ・メンデスが9月5日に亡くなりました。83歳でした。
1965年、活動の拠点をアメリカに移すと共にサンバやボサノヴァをポップ化して世界に広めたセルジオは、言わばブラジルの音楽大使のような存在。彼の活躍がなかったら、現在の欧米や日本でのブラジル音楽を取り巻く状況は微妙に異なっていたかもしれません。
特に、ここ日本でのセルジオの人気は絶大でした。彼自身も日本を第二の故郷と公言するほどの親日家で、来日公演はライブアルバムとして発売された1970年の大阪万博でのコンサートをはじめ実に40回以上開催。DREAMS COME TRUEや夏川りみなど、日本のミュージシャンともたびたび共演を行ってきました。
セルジオは日本語楽曲の制作にも積極的で、1975年にはなかにし礼と都倉俊一が作詞・曲を手がけた「愛されたあとで」を発表。1979年になると自身の「Summer Dream」に伊達歩(伊集院静)が日本語詞をつけた「サマーチャンピオン」をリリースしています。
当時大流行していたディスコサウンドを取り入れた「サマーチャンピオン」は、同時期に浅野ゆう子のカバーバージョンも登場。その相乗効果もあったのか、オリコンで39位まで上昇するセルジオの日本における最大のヒットを記録しました。
『クロワッサン』1128号より