「連載中の時代小説をイメージして 水色の銘仙に唐船の帯を合わせました。」作家・永井紗耶子さんの着物の時間。
撮影・青木和義 ヘア&メイク・長網志津子 着付け・小田桐はるみ 文・大澤はつ江 撮影協力・三聖山 慧然寺
着物を着ると背筋がシャンとして、自信が生まれるような気がします。
唐船が帆を掲げて穏やかな海をゆっくりと進んで行く。そんな情景が目に浮かぶような装いで登場した永井紗耶子さん。
「今、長崎・出島を舞台にした時代小説『長崎こんぷら万華鏡』(小説新潮)を連載していて、そのイメージで考えました」
着物は秩父銘仙の単衣。帯は母方の祖母のものを組み合わせた。
「実業家、原三溪(はらさんけい)を題材にした『横濱王』執筆の際に、取材のため『三溪園』を訪ねたとき、園内で秩父銘仙の織元『新啓(あらけい)織物』の企画展が開催されていました。のぞいてみたところ、レトロモダンな柄が多く展示されていて。その中の水色をベースにした反物に心が惹かれてしまい……」
銘仙はよりをかけない糸で織られた絣の絹織物で、シャリ感が特徴だ。
「ワンピース感覚で着られる着物が欲しい、と思っていたので、見た瞬間に“これだ”とひとめぼれ。単衣にしたので、銘仙のさらりとした肌触りがダイレクトに感じられて、着心地がとてもいいんです」
著書には着物の描写が多く登場し、着物への思いも深い永井さん。
「着物の色や柄、着こなしはその人物を形成する重要な要素のひとつだと思っています。大店(おおだな)のお嬢様の着物と武家の子女ではまるで違いますから。それが物語に影響することだってあるんですよ」
そんな永井さんが着物に興味を持ったのは、着物好きだった祖母の影響が大きいという。
「七五三のときのこと。祖母の家になじみの呉服店がやって来て、畳の上に色とりどりの反物を広げていく。それを祖母と母が“これがいい”“やっぱりこちらのほうが……”と私の肩に反物をあてながら吟味するんです。私は立っているだけですが、反物が変わるたびに違う自分が現れることにビックリ。そして、着物ってなんてきれいでワクワクするんだろうと。祖母たちが選んだ白地に御所人形が描かれた着物は私もお気に入りでした」
さらに祖母とのエピソードがある。
「母の実家は静岡県島田市で、3年に1度『帯まつり』の名で知られる大井神社の祭礼があるんです。金襴緞子(きんらんどんす)の丸帯を大太刀(おおたち)にからめて大奴(おおやっこ)が練り歩く祭りなのですが、それを祖母と見に行くたびに『今回は前から何番目の帯が一番よかった』と話します。確かに祖母が“いい”といった帯はひときわ目をひく美しさで、子ども心にワクワクしていました」
近年、着物を着ることが多くなった永井さんだが、きっかけについて聞くと、
「2010年に『絡操(からく)り心中』でデビューしたのですが、その出版会の際、時代小説家として公の場に出るからには着物しかないと思って。緊張していましたが、着物を着たらシャンとして、自信を持って挨拶ができました。着物が背中を押してくれた。さらに気持ちが切り替えられるところも魅力のひとつ。背筋を伸ばして、丹田に力を込め、さあ行くぞ、みたいな気持ちになるのも着物効果ですね。着物好きだった祖母や知人たちから譲られた着物を箪笥の肥やしにせずに、私なりの組み合わせで着こなしたいと思っています」
『クロワッサン』1124号より