散策しながら季節を俳句に詠む。初めてでも楽しめる吟行のすすめ。
堀本裕樹さんと犬山紙子さんの吟行(ぎんこう)を参考に、挑戦してみては。
撮影・天日恵美子、青木和義(物) 文・三浦天紗子 取材協力・国立科学博物館附属自然教育園
俳句結社を主宰し、俳句選者も務める俳人の堀本裕樹さんと、バラエティ番組『プレバト!!』の俳句査定で優勝経験もあるエッセイストの犬山紙子さん。
ふたりが吟行に選んだのは、東京・港区にある「国立科学博物館附属自然教育園」。江戸時代には高松藩主松平頼重の別邸、大正時代には白金御料地だった歴史ある庭園です。
正門で待ち合わせして、いざ出発。
犬山紙子さん(以下、犬山) 私、俳句をちゃんとやりだして、まだ3年くらいなんです。それで、吟行も初めてで。きょうは堀本先生にガイドしていただけるということで、楽しみにしてきました。
堀本裕樹さん(以下、堀本) こちらこそよろしくお願いします。この自然教育園を歩くのは僕も初めてで、入ってすぐにこんなに自然豊かな場所が都内にあるんだと驚きました。犬山さんは吟行は未経験とのことですが……。
犬山 はい。なぜしたことがなかったかというと、私にはできないなと思っていたんです。その場で心が動かされるような題材を見つけて、季語とすり合わせして、即座に詠むなんて難しすぎる……と怖じ気づいてしまって。
堀本 初心者の方は「その場でなんてできないよ」と思いがちですが、即座に完璧にしなくても大丈夫です。歩きながら目にしている植物から季語を探したり、季節を体感しながら「これを俳句にできたらステキだな」という風景や思いをメモしておくだけでいい。
俳句の種を散策しながら楽しく拾う、そんな心構えでぶらぶらすればいいのかなと思いますね。僕もそうやってまずは植物の名前をチェックしたり浮かんだ句の断片をメモしたりして、句会前に集中して考えることが多いですよ。
犬山 そう、吟行ってその日のうちに句会もするんですよね。
堀本 吟行のスケジュールにもよりますが、たとえばきょうは午前中は園内を歩いて、昼食でもとって、30分なり1時間なりちょっと考える時間を設けるのがいいかな。吟行参加者がほぼ同じものを見ているので、同じように体感できるわけですね。リアルに蘇らせることができて、句から得る驚きや発見、共感などが高まるんですよ。「自分は椿をこういうふうに詠んだけれど、Aさんはこんな角度で椿を詠んだのか」というように。
正門からの一本道を歩くと、両脇には山野の道端に生育する野草や木々が見られます。ふたりは、季節を感じる植物たちを愛でながら、小まめにメモを取ったり、カメラに収めたり。
犬山 花の咲く時季や香りや色など情報の部分はネットなどでも得ることができても、歳時記に載っていた季語を五感で味わう体験ができるのが貴重だなと。特に植物の場合は、こんなに可愛らしく咲く花なんだとか松の木肌がごつごつしているのが面白いとか、感覚ごと感情ごと記憶されるんですね。季語と直に触れ合う喜びがあります。
堀本 いままで、言葉や概念としてしか知らなかったものに、実体を伴って触れることができる。それは自分がいざ俳句を作るときにも、鑑賞するときにも、とても財産になるんですよ。季語に感情移入できるというか。
犬山 確かにそうですよね。字面で知っていたものと圧倒的に違いました。
堀本 いまは、YouTubeなどを見て俳句を作ったという人も多いんです。言葉でしか知らないものをせめて動画で見て補おうとしているのでしょう。たとえば蛍。動画で視覚的に「なるほど、こういうふうに光って飛ぶんだ」はわかるけれど、その上の段階というか、実際に蛍を見て得られる実感は、やはり動画を超えてくる何かがあると思うんです。
犬山 きょうは句会の代わりに、堀本さんに私の句を講評していただくの、楽しみですが、緊張もしています。
堀本 句会では自分の句を出すときは名前は伏せておくのが決まりですが、3人とかだとけっこうバレてしまうんです。句会をするなら吟行は4〜10人ぐらいがいいでしょう。みんなで同じものを見る、その共通体験によって句の味わいも変わるのが面白いんですよ。
犬山 実は私、まだ俳句友だちがいないんです(笑)。ほかの人の句に触れるのも、まだ本を通してだけ。仲間が欲しいという気持ちは強烈にあるのですが、どうしたらいいでしょうか。
堀本 自分の友だちを俳句の世界に引っ張り込むか(笑)、いまはネットなどでもわりと句会は探せます。僕が都内で毎月開催している「いるか句会」は初心者歓迎です。ネットで募集しているのでリーチしやすいと思います。
庭園奥のエリアには池や湿地が広がっています。気になる植物を見かけると、立ち止まるふたり。何気ない会話の中に、作句のヒントがあることも。
犬山 私、写真もメモもスマホですが堀本さんはメモは手帳でしたね。吟行中に写真を撮るのは問題ないですか。
堀本 全然いいんですよ、撮っても。ただ、カメラ頼みになってしまうと、もう写った枠内のイメージしか残らないので「ほどほどに」という考え方はありますね。自分の目でじっくり見て心の中でシャッターを切ると、花の趣や形、咲いている様子などが脳にインプットされる。そこから作るほうが広がりがあります。僕はポケット版の歳時記と手帳を持ち歩いています。スマホは撮影よりも、植物や動物の名前を確認するのに使うことが多いですね。
犬山 ゆっくり時間を取ったほうがやっぱりいいなと思いました。ひとつの花を見るにしても、その場に10分はいないとなかなか観察しきるのは難しい。逆に言えば、一つの花を10分も20分も眺め続けるなんて日常にないし、すごく贅沢な時間ですよね。
堀本 いまおっしゃったこと、本当に大事なことなんです。西洋画のスケッチから「写生」を俳句の技法として取り入れようとしたのが正岡子規で、いまや俳句の基本は写生とまでいわれます。絵の写生と同じで、ひとつの花の前でその花を観察しながら、どういうふうに詠もうかと考えるのは楽しい。
その際、吟行の句は日を置かずに当日、記憶が鮮明なうちに作ってしまうのがキモです。瞬発力でしか出てこない言葉というのもあるし、即興というのは俳句の一つの本質だと思います。
昼休憩をはさみ、30分ほどのシンキングタイム。堀本さんは手帳を見返しながら。犬山さんは呻吟(しんぎん)しながら。それぞれの句ができあがりました。
犬山 講評はどきどきしますね。
堀本 最初の句は、貝母(貝母)が季語ですね。貝母はみなうつむいて咲いていますから、そのうなじに産毛があるという発見の句ですね。2句目は、スニーカーと苺の花は同じ白だけれど色合いは微妙に違いますから、そこの取り合わせがとてもいいです。3句目、確かにミツガシワの様子にちょっと不気味さというか、デスメタルチックなものを感じたので、面白い取り合わせを持ってきたなと。あと、2句目と3句目を拝見して、犬山さんは面白いリズム感を持ってらっしゃるなと思いました。
犬山 わ、堀本さんの最初の句、うれしいです。いま着ているシャツのイラスト、私が描いたんですよ。
堀本 とても可愛らしい花の絵だと思って、犬山さんのお名前を詠み込み、挨拶句を詠ませていただきました。
犬山 堀本さんの句はどれも「あそこで見た植物だ!」とすぐに浮かびました。老松や二輪草も。
堀本 吟行って一つでもお気に入りの場所を決めておくといいですよ。同じ場所でも、自然があると四季折々の変化を見せてくれます。ぜひまた、吟行や句会でご一緒しましょう。
『クロワッサン』1116号より