「着物は何年たっても着られるのが魅力。もっと自由に楽しんでほしいです。」義太夫三味線演奏者・鶴澤三寿々さんの着物の時間。
撮影・青木和義 ヘア&メイク・桂木紗都美 着付け・小田桐はるみ 文・大澤はつ江 撮影協力・巌鷹堂
師匠からいただいた着物です。軽くて柔らかく体を包んでくれる。
ピンと張った糸に鶴澤三寿々さんが撥(ばち)を当てる。ベェーンと低く力強い音色が響き渡り、体の奥深くにまで入り込んでくる。その音に心が揺さぶられるようだ。長唄などの細棹三味線とは異なり、義太夫などの太棹三味線は棹、胴、撥などすべてにおいて大ぶりだ。
「皆さんから太棹を弾くのは大変でしょ? とよく聞かれるのですが、最初から太棹なので特に大変とは思いません。たまに細棹に触ると細っ!と思いますけれど(笑)」
「義太夫」でまず思い浮かべるのは「文楽」。人形、語り、三味線の三位一体が醍醐味。
「もちろん、人形浄瑠璃は義太夫の魅力を余すところなく感じられる場ですが、私は女性なので文楽の舞台には出演しません。主に太夫と二人で『素浄瑠璃』の舞台を勤めます。物語の情景や人物の心情を太夫が語り、三味線がより効果的に彩り、『情』を音で表現します」
今年、初舞台から30周年を迎える三寿々さん。その経歴はちょっと変わっている。
「もともとピアノを習っていましたが日本の古典芸能や文化にも興味があり。東京藝術大学の楽理科(がくりか)に入学しました」
楽理科は、音楽学(音楽美学、音楽民族学、西洋・日本・東洋音楽史など)を学び研究する学科。座学のみならず、作曲や演奏などの実践を通して音楽を学べるのが大きな特徴だ。
「研究には文献を読む言語習得が必須。特に英語はレベルが高く難しい。周りは英語ができる学生ばかりでしたから私は日本のフィールドをと思いました。その時点ではまだ義太夫なんて考えてもいませんでした」
そんな三寿々さんが義太夫に出合うことに。
「大学2年生のとき、日本の古典を研究するなら、聴いておいたほうがいいよ、と勧められたのが、人間国宝の四代目竹本越路大夫(たけもとこしじだゆう)の引退公演。越路大夫の語りを聴いたときに“なんなんだ、これは!”と。今まで耳にしたことのない音に圧倒されて。人間の声で表す心情、そこに重なる太棹の重低音が情景などを表現する三味線に魅了されてしまいました」
義太夫三味線を学ぼうと調べた結果、義太夫協会主催の義太夫教室があることがわかり、1年間通い基礎を学ぶ。
「もっと学びたくなり、女流の竹本駒之助(たけもとこまのすけ)師匠の門をたたき弟子に。入門時に師匠から、素人として稽古(けいこ)を受けたいのか、それともプロを目指すのかと問われ、プロを目指したいと答えました」
そして1994年、国立演芸場で義太夫三味線奏者としてデビューを果たす。
「太夫とともに物語の舞台を作り上げていきたい。そうそう、舞台では裃(かみしも)なんですよ。下は男仕立ての着物。衿は抜かず、ピシッと合わせます。ですから今回のように女物を着るとちょっとうれしいです。若手の公演のときなどは普通の着物で出かけることもありますが、舞台では通常男仕立ての着物。ですからあまり着慣れていない(笑)」
という三寿々さんが今回、着たのは市松模様が小粋な紬。落ち着いた赤の織帯とのコントラストが美しい。
「着物は15年ほど前に師匠からいただいたもので、軽くて柔らかくて着やすい。帯はリサイクルショップで求めました。帯締めは成人式で使ったものです。
着物ってすごいですよね。何年たってもこうして着ることができる。そこが魅力ですね。帯との組み合わせに迷っても、小物の組み合わせで何とかなるところもいいところ。着物って自由に着こなしてもいいと思うんです。好きな色を組み合わせて雰囲気を楽しむのもいい。おしゃれのツールとして捉えていけば、また新しい着物の魅力が発見できるのではないでしょうか?」
『クロワッサン』1115号より
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