考察『光る君へ』12話 倫子(黒木華)はついに道長(柄本佑)と!庚申待の夜だもの、まひろ(吉高由里子)は朝まで飲めばいい
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
なつめの最期、紫の上の最期
冒頭で為時(岸谷五朗)の妾(しょう)・高倉の女……なつめ(藤倉みのり)が臨終の床で、得度を受けている。亡くなる前に剃髪し、仏門に入ることで、極楽浄土への往生を願う儀式だ。
なつめは出家得度して、別れた夫のもとにいる娘にも会えて。穏やかな臨終でよかった……伴侶を最期まで慈しみ、愛で満たされたという気持ちで彼岸に旅立たせるなど、誰にでもできることではない。為時に拍手を送りたいし、父と妾の関係を尊重して動いたまひろ(吉高由里子)も偉い。
翻って『源氏物語』第40帖・御法、光源氏の妻である紫の上の最期を考える。同じように娘(実の娘ではない)・明石の中宮が見舞ってくれるものの、なつめのように心穏やかな、幸せそうな様子ではない。
為時となつめの姿を目にしたまひろがあれを書いたとすると、これからドラマの中で一体どんな経験をするのか……いや、まひろが見たのがたまたま夫婦の着地点であっただけで、これまで彼女は妾として、心穏やかではない長い時を過ごしてきたことだろう。嫡妻のちやは(国仲涼子)が密かに溜息をついたのと同じ数、あるいはそれ以上の夜を経てきた筈だ。そこに思い至り、書いたのかもしれないとも思う。
なつめの娘・さわと『落窪物語』
父は今の妻の子たちばかり可愛がるとまひろに訴える、なつめの娘・さわ(野村麻純)の話に、平安時代版シンデレラ『落窪物語』を思い出す。着ている物や彼女のあっけらかんとした様子を見ると、あの作品のように虐待されてはいないだろう。しかし家に居場所はなさそうだ。
「父からおなごは何もするなと言われています」
「まひろ様に色々教わりとうございます」
何もさせないのが女を守ることだと考える男は、かつていたと思う。ひょっとしたら
現在でもいるかもしれない。そしてそういった形で守られたくはない、何かをしたいという女は、今も昔も変わらず存在する。さわはそんな娘らしい。
それにしても、さわは面白い。まひろから様々なことを教わりながら活き活きと過ごす。まひろも姫君サロンのメンバーとは違うタイプの、気の置けない友人ができて楽しそうだ。
紫式部は『紫式部集』での友人との和歌のやり取りがあり、『紫式部日記』でも友人や同僚についての記述が印象深い。このドラマで、まひろと女性たちが交流を深めていくのが楽しみだ。
「ハナクソのような女との縁談あり」
宣孝(佐々木蔵之介)から、まひろの婿に実資(秋山竜次)をというサプライズ提案。
そう。実資の最初の妻、「日記に書いてください、日記!日記!」の桐子(中島亜梨沙)は亡くなってしまっている。親しみやすい夫婦像で、ドラマを楽しく盛り上げてくれた。既に故人であるのは残念だ。
実資の赤痢、彼の日記『小右記』には永延2年(987年)5月29日、一日で10回もお腹を下したと記されている。そして、病気の間はドラマと同じく毎日多数の見舞客があったことも。こういった細かなことが作品の中に組み込まれているのは嬉しい。そして見舞いがてら、まひろを売り込みに行った宣孝は、
「あれは駄目だ、もう半分死んでおる」
死にません。89歳まで生きます。
しかし十分な医療が受けられない時代の下痢症状はつらいだろうな……実際、史実の実資はこの翌月の半ば頃まで苦しんでいる。
持ち込まれた縁談について、実資は「ハナクソのような女との縁談あり」……誰がハナクソだ、失礼な。しかし実資から見れば、まひろの父・為時は自分の昇進を止め「義懐ごとき」を重用した花山帝(本郷奏多)の取り巻きの一人で、帝の出家と共に官職を失った男。政治的には大敗北した家の娘である。そういった事情で困窮し「北の方が亡くなったそうで、ちょうどよい」という思惑が透けて見えるから、腹立たしいのではないか。まひろ個人にはなんの咎もないんだけど。
実資が考えを改める場面が、のちのちあるといいな……。
宣孝が書物に忍ばせた「見えておる」絵による直接的なメッセージ。卑猥な題材の絵……後世、春画と呼ばれる類の絵は、日本では平安時代初期にはあったとされる。中国の房中術の書物がはじまりという説があるので、ドラマの中で登場した絵のモデルが大陸風の装いなのはそのためかも。
道長が知らない、妾の心
道綱(上地雄輔)は、今週も道長(柄本佑)と親しくつきあっている。
そして道綱が語る、妾の立場。
「それなりに大事にしているけれど、妾の側から見るとまるで足らぬのだ」
「妾は常に辛いのだ」
夫と共に暮らした嫡妻・時姫(三石琴乃)の子である道長が知らない、妾の心。それをよくわかっている道綱……兼家(段田安則)の妾である道綱母・寧子(財前直見)の考えかと思ったが、見ていればわかるのだと話す。
彼は自分のことをうつけと言うけれど、優しい人だ。
段田安則と益岡徹
左大臣・源雅信(益岡徹)に婿取りの圧をかける摂政・兼家。もう初手から打診ではない。左大臣様のお心の内をお聞かせいただきたく……とか、お願いいたしますとか、言葉は丁寧だが、完全に命令である。
この場面は段田安則と益岡徹とのベテラン同士、息を合わせての演技がやりやすいのか、芝居のテンポが素晴らしい。まだまだこの二人を観ていたい。
まひろと倫子の友情の邪魔
まひろが下女のように働いていると聞いたときの、姫君サロンメンバーの同情と気まずい雰囲気がきつい……みじめにならぬよう、家の仕事は案外楽しいと明るく話すまひろと、それを受けての倫子(黒木華)の助け船がよい。
床を磨く時は板目が様々な模様に見えて飽きない、というまひろの言葉に、皆で板目を眺めて楽しい模様探しをする。
立場上、たしなめねばならぬが、その声に厳しさを含ませず、明るく温かい空気を壊さない赤染衛門先生(鳳稀かなめ)も素敵だ。音楽もあいまってホッとする。
まひろと倫子の間に友情が育まれているのに、ここに左大臣家の婿・道長という爆弾がぶち込まれるのか……。
しかし、第6回のレビュー(記事はこちら)でまひろと道長、この時点で結婚してしまえばいいのに! と言っておいてなんだが、今はまひろと倫子の友情の邪魔をしないでくれ、このふたりと関係ないところで結婚してくれとまで思ってしまっている。
道長に「勝手なことを言うな!」とキレられそうだが、本音である。
楽しい左大臣家
愛する娘・倫子から道長と結婚したいという直訴を受けて、ほとほと弱り切る雅信に笑ってしまった。畳みかける穆子(むつこ/石野真子)……今回も母娘の見事な連携プレイ、左大臣家の場面は本当に楽しいなあ。倫子の額に触れる小麻呂の前足、その前足と勝利の握手を交わす倫子に、思わずニコニコする。
ただ、父さえ説き伏せれば、道長を婿とすることになんの障害もない倫子……まひろとの、なんという差であろうか。それを思い、ニコニコがスッと引っ込んだ。
明子は知っているのか
姉・詮子(吉田羊)から、倫子だけでなく明子(瀧内公美)も猛プッシュされる道長。明子の父・源高明が大宰府に追いやられた事件については、レビュー第10回(記事はこちら)で触れた。
詮子はこの結婚で明子を慈しみ、高明の怨念を鎮め、醍醐天皇の御孫君という高貴な血を一族に取り込む……という計画だという。
ちょっと気になっているのだが、詮子は明子に、道長は左大臣家の倫子との縁談も同時進行であると話しているのだろうか。左大臣家では道長を婿入りさせる前提で盛り上がっている。道長と道綱の場面で「嫡妻は一緒に暮らしているけど、妾は……」という話があった。このままゆけば、嫡妻は倫子だろう。
明子は兄・俊賢(本田大輔)に「(父の無念を晴らせるなら)我が心と体なぞどうなってもよい」と語るが、それは憎き兼家の息子の妻となることは構わないという意味ではないだろうか。まひろでさえ「私は、妾になるのは……」と悩んでいるのだ。いくら父が失脚したとはいえ帝の孫、女王という身分の彼女が妾となることを承知しているのか。
詮子「妻を娶るなら一人でも二人でも同じでしょ」
これは強者の言い分である。
倫子が嫡妻であると知っても復讐という目的がある以上、明子は屈辱と怒りを表には出さないかもしれない。しかし、宇多天皇に繋がる倫子はともかく、道長の心がまひろにあると知った時はどうなる……波乱の予感がする。
仮名を稽古する道長
まひろと道長、それぞれの人知れぬ懊悩。
道長が仮名の稽古をしている。しかも指導は三跡(平安時代中期の書の名人)のひとり、行成! こんな贅沢なトレーナーが他にあろうか。彼らが勉学に励むとき(第3話)漢字を練習していた(記事はこちら)。この頃、漢字は主に公文書で使用されていた。対して、仮名はプライベート……女性との和歌のやり取りに使われていた文字だという。
なぜ道長は仮名の上達を目指すのかといえば、女性に綺麗な字で文を送る必要があるからだろう。そう、心のままに恋文を送ったまひろではなく「必要だから」手紙を出す相手だ。
頼忠退場か
公任(町田啓太)の焦り。摂政家に気圧されて太政大臣である父・頼忠(橋爪淳)が引退すれば、内裏での後ろ盾を失うことに……。
道兼(玉置玲央)についてゆけと指示する頼忠だが、(花山帝を退位させた)寛和の変の謀は道兼が要であったと知って、それを兼家が道兼を頼りにしているからと判断したらしい。
根本的に善人なんだな……というか、父が息子をただの道具として扱っている、汚れ仕事をさせる駒としているなど、普通は思い当たらないよな。うん、頼忠は悪くない。
政界引退ということは、もうドラマに出てこないのだろうか。声が小さく(彼の台詞では毎回リモコンでボリュームを上げていた)酒に酔ったときのみ大声が出るという不思議なキャラの立ち方をした、品の良い大臣であった。退場なさるのはとても淋しい。
それを声に出せ!
庚申待の夜。都の人々がオールする夜、60日ごとに巡ってくるこの習わしは、若者はよいがお年寄りにとっては結構つらい行事だったのではないかと、つい自分になぞらえて考えてしまう。実際は長く続き、江戸時代頃には皆でどんちゃん騒ぎする風習に変化したようだ。
庚申待を楽しく過ごそうと思ってか、まひろのもとに集まる惟規(高杉真宙)と、さわ。
そしてまひろへの恋文で大騒ぎ……道長の名前を見ても今をときめく摂政家の三男だとピンとこないのか惟規、ほんとに君ってやつぁ。出世と縁がなさそうだな! それでこそ惟規。
妾でもいい、やはりあなた以外の妻にはなれないと告げるために六条の荒れ屋敷に駆けつけるまひろだが、道長の口からは
「左大臣家の一の姫(倫子)に婿入りすることになった」
衝撃の告白。なんとか表情を繕って倫子様は素晴らしい方だ、どうぞお幸せにと言えたまひろ……がんばった。よく堪えた。
「幸せとは思わぬ。されど地位を得てまひろの望む世を作るべく精一杯努めよう」
お前のために政略結婚するんだからな? と言いたげ。そりゃそうだけど、なんちゅう言い草だ。しかし、道長の心の中では
(妾でもよいと言ってくれ)
どうせならそれを声に出せ!とは思ったが、ああでも、声に出したとしても、もうまひろに「妾でもいい」は言えない。嫡妻が倫子様では……。
見事な浴びせ倒し
道長、まひろと別れたその足で左大臣家へ直行。
穆子の「文も寄越さずなんてこと……いいわ、入れておしまい」
そう、正式に婿となるなら手順というものがある。突然やってくるのは、かなりの暴挙。穆子が娘の気持を第一に考え、そして肝の座った母親だったから道長が助かった形だ。
では、大臣家の娘の結婚、親が許した婿取りはどういった形で進むのか?これは『源氏物語』第33帖・藤裏葉をお読みいただきたい。『栄花物語』や、先に述べた『落窪物語』にも、貴族の結婚についての様子がわかる一節がある。
そして、ドラマでは……道長が倫子に御簾越しに、
「お傍に寄ってよろしゅうございますか」
親の了解のもと、娘本人に許可を得てから、そっと触れる。人知れず廃屋に呼び出し、荒々しく抱き寄せて口づけした、まひろとの違いよ……尊重される身分の差、そして情熱の差。
御簾を押しやる指先まで優雅で冷静で、そこに熱さはない。
まひろと倫子、どちらの立場も思ってしまう。泣きそうだ。
そして手を握られた倫子は、抱き寄せられる前に自分から押し倒す。見事な浴びせ倒しであった。まひろの気持を思うと辛いけれど、それはそれとして欲しいものは自分から取りにゆく姫。そうこなくっちゃ、こちらの気も晴れない。
庚申待の夜だもの
まひろの大失恋のやけ酒。
恋文を読んで駆けだしていったまひろが、憔悴しきった顔で戻って来たのに何も問わず、笑顔で迎えてくれる惟規と、さわ。ふたりがいてくれてよかったね……庚申待の夜だもの、朝まで飲み明かせばいい。
次週予告。定子、本役・高畑充希が登場! 少年帝と女御のかくれんぼ。道長が陣定に参加してる、昇進した。実資、髭が生えて平安貴族完全体へと進化。兼家、自らの寿命を意識する。賢く勘がよい倫子には、いずれ気づかれると思ったが、早くもバレた? 取っておいた文からバレるのは女三宮の逆バージョンか。
第13話も楽しみですね。