考察『光る君へ』11話 まひろ(吉高由里子)だって、本気で北の方になれるとは思っていない!倫子(黒木華)と同じ意中のその男性の
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
どんなときでも惟規は……
為時(岸谷五朗)失業ショック。
お先真っ暗としか言えない状況なのに「死ぬ気で学問に励め」と父から告げられて、この世の終わりのような顔で姉・まひろ(吉高由里子)を振り返る惟規(高杉真宙)の表情に、思わず吹き出してしまった。どんなときでも君は、家の中を明るく照らす光だね。
微妙な変化を演じる柄本佑
公任(町田啓太)、斉信(金田哲)、行成(渡辺大知)の公達たちが昨夜起こった政変……寛和の変について噂する。
どうやって帝を出家させたのかと単刀直入に訊ねる斉信に、道長(柄本佑)は、
「聞かないほうがいいよ」
そう答える顔は前回までのおっとりとした青年のそれとは、どことなく変わっている。この、どことはなしに、という微妙な変化を演じる柄本佑に唸る。
まひろとの逢瀬……性的な経験を経た故か、クーデターという大事に関わってしまったせいか、それともその両方か。友・直秀(毎熊克哉)の死とその埋葬の直後にやってきた、男の人生における節目のできごとが、心優しいのんびり屋の青年を包む薄皮をまた一枚剥ぎ取ってしまったかのようだ。
ここで行成が、道長に「お顔つきが」
ごく僅かな変化に気づいた。普段から道長のことをよく見ているのだろう。
それはなぜ……。
厳しい倫子は自覚している
父をふたたび官職に就けてもらいたい、摂政・兼家(段田安則)に取り次いでほしいという、まひろの願いに、いつになく厳しい倫子(黒木華)の言葉。
「摂政様のご決断はすなわち帝のご決断」
「摂政様はあなたがお会いできるような方ではありません」
倫子は政治の中枢にいる人々がどういった存在か、きちんと頭に入れているということだ。自分の未来の夫が、将来自分が産んだ子らが政に深く関わる家の一の姫だという自覚が、ここにも現れている。
「会えない」ではない、「会えるような方ではない」。己の分をわきまえろという話だ。普段親しくつきあっている倫子でさえ、まひろに身分の壁はけっして越えさせない。
まあそれでも、摂政に会いに行っちゃうんですけどね、まひろは。必死だもの。
失業保険などない……そして貨幣がまだ定着しきっていない時代は、ごく一部を除いた多くの人間にとって富を貯えにくい時代だ。
為時の家はいま、大ピンチなのである。
「虫けら」という兼家の言葉
兼家「そこまでわかっておってどの面下げて頼みに参った」
これまた厳しい言葉。しかし、よく会ってくれたとは思う。今回の政変の成功は、為時が道兼(玉置玲央)を花山帝(本郷奏多)の傍まで引き入れたことが大きかったゆえに、それへの間接的な褒美かもしれない。会ってやるだけでもありがたいと思え、という……。
誰か来客かと道長がそれとなく訊ねると、
「虫けらが迷い込んできただけじゃ」
まひろを「虫けら」という兼家の言葉に、道長と共に胸を痛める。貴族とはいえ権力とは程遠い、そして兼家の命令を拒絶した男の娘。彼女を傍に置くことを、きっと兼家は許すまい。
宣孝は自信満々だが
宣孝(佐々木蔵之介)とまひろが縁側で語らう。道長とは暗闇の荒れ果てた屋敷でしか逢えないので、明るい陽の降り注ぐ自宅で誰はばかることなく会って話せる相手というのは、見ていてなんとなく安心できるものがある。ただ、宣孝が自信満々に述べる、これらについては
「わしにも幾人かの妾がおるし」「どの女もまんべんなく慈しんでおる。文句を言う女なぞおらんぞ」
へーえ。ふーん。ほおー。宣孝の嫡妻と妾全員にお出ましいただいて、「おたくの殿様はこう仰っています。そのあたり、皆様いかがお考えですか?」と、正直な気持ちを伺いたいものである。
酸いも甘いも嚙み分けたような大人の男でも、妻たちの心の内は読み切れていない。
思うのは逢瀬の時の体の感触
まひろと道長、お互いに相手を思うイメージは、逢瀬の時の体の感触だ。髪と背をなぞる手、闇夜に浮かぶ顔、息遣い、首筋に回った手、頬の柔らかさ、そして……。
百人一首 権中納言敦忠の歌を思い出す。
逢ひみての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり
(あなたと契った後の今の気持ちに比べたら、逢う前は想っていないも同然でしたよ)
プラトニックな恋独特の熱は素晴らしいが、肉体の交わりが相手の輪郭をくっきりと自分の中に残し、あとあとまで反芻させるのは確かだろう。
もちろん『源氏物語』にも、光源氏とその女たちが逢瀬のあと相手を想う場面は多々ある。予想以上に素敵な人だった、或いは落胆させるものであった、情を交わした後でも緊張する相手であったなど。恋がもたらす感情の変化に敏感な書き手ならではと思う。
まさにこの世を掴んだ男
内裏に直廬(じきろ/貴人用の個室)を設け、そこで政務を行う摂政・兼家……纏うのは勅許(天皇のお許し)がなければ着られない色、白と赤の組み合わせで、天皇とほぼおそろカラー。
除目(人事)も直廬で摂政が行うから、もうビジュアルで「朝廷は兼家のものである」と大臣、参議らに知らしめる効果が抜群である。そんな中で発表される、兼家の息子たちの露骨な昇進。誰が異を唱えられようか……。
幼い帝も東宮も、どちらも兼家の孫なのだ。まさにこの世を掴んだ男だ。
ほんとに……いくら必死だったとはいえ、こんな人物によくまひろは直訴しに行ったものだ。宣孝の言う通り「お前すごいな」である。
生首事件!
一条天皇(髙木波瑠)の即位式の朝。帝がお召しの袞冕(こんぺん)十二章の鮮やかさに目を奪われる……が。
高御座(たかみくら)に生首! うわぁ、これ大河ドラマでやるんだ! と悲鳴が出た。戦国時代や鎌倉時代など、動乱を描くことが多い大河ドラマには首桶がつきもの……であるが、今年はついに首桶なし。去年の『どうする家康』でも首桶無しではあったが、兜でほぼ隠されていたから……今回はチラッとでも、かなり生々しい。
歴史物語『大鏡』ではこのときのことを、
“高御座の中に髪が生えたままの頭があり、その血が付着していた。それを兼家に知らせにゆくと、何も言わず眠ってしまった。その後に目を覚ますと、御装束(高御座の支度)はもう済んだかと訊ねた。”
とある。摂政は凶事を聞かなかった、何事もなかったのだと。
ドラマでは「穢れてなどおらぬ」と、こともなげに袖で血を拭きとる道長。赤い袍だからって、咄嗟にそんなことする!? できる道長がおっかない。
少年の頃に、血を浴びて帰ってきた兄を、様々な汚い手を使ってのし上がってきた父を見てきた道長。そして自分は、友の亡骸を自らの手で埋めた。それでも一族は朝廷を掌握している。穢れなど、現実にはなんら影響を及ぼさないのだ……と思うに至るのではないだろうか。
それにしても「誰かに漏らせば命はないと思え」という脅し文句を平然と使う。道長は少しずつ変わってしまいつつあるのか、それとも、もともと体に流れる兼家から受け継いだ藤原の血が表に現れ始めているだけなのか。
生首が乗っていた高御座で儀式を行う一条帝。まがまがしい事件から即位式まで流れ続ける音楽に、映画『ゴッドファーザー』洗礼式のシーンを思い出した。
血生臭く、荘厳な儀式であった。
そしてこのドラマでは、事件の犯人と示唆される花山院(本郷奏多)は、播磨国書写山圓教寺に旅立って行った。旅立つということはいずれ帰ってくるということだ。花山院がいない本作品は淋しいので「I’ll be back」であってほしい。
このすぐあとの場面で伊周が登場するし、花山院はいずれきっと帰ってくると思われる。それはまた、もっと後の話。
成長著しい伊周
安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)と道隆(井浦新)家族の顔合わせ。
成長著しい伊周(これちか/三浦翔平)、第1話(記事はこちら)では貴子(板谷由夏)の隣にちんまり座っていた幼児だったのにねえ……あれから9年だから、現在12歳。じゅ、12歳!? 大丈夫だ。大河ドラマファンの心には、さざなみ一つ立たぬゆえ。こういうの慣れてます。
そして初対面の晴明に「父は笑裏蔵刀(しょうりぞうとう)」と不敵に言ってのける伊周……権力者の祖父、その嫡男の父の庇護の下、すくすく育ったのが見て取れる。
晴明の「お愉しみなことにございます」がちょっと怖い。
一の姫、定子(中村たんぽぽ)! なんとまあ、本役の高畑充希に似た子であろうか。大河ドラマに限らず、NHKドラマ制作は「育ったらこの本役になる」という子役をキャスティングするのが毎回うまい。特に時代モノに顕著である。
じーっと道隆の子ら、特に定子の顔を見つめる安倍晴明。人相を見ているのだろうか。
そこに踏み込んでくる道兼(玉置玲央)と、連れ出してなだめる兼家。今週も道兼がチョロいが、こうして言葉巧みに励ましている間は、兼家にとって道兼はまだまだ利用価値があるのだろうな……と考えるくらいには、父としての兼家を信用していない。
藤原道綱が癒しになるなんて
「どう!? しっかりやってる!?」
道長の様子をニコニコ顔で見に来る道綱(上地雄輔)に和む。一人っ子だから兄弟が、特に可愛がれそうな弟ができたのが嬉しくて仕方がないんだろうなあ。クーデター計画ではあんなに怯えていたのに、その後に普段通り兼家と接することができて、こうして道長とも親し気にする……肝が太いんだろうな。と思ったら、以前お菓子をあげた蔵人の顔と名前を憶えていない。レビュー第5回(記事はこちら)で『小右記』に記された彼について触れたが、単に残念な記憶力なのかもしれん。
しかし、殺伐としたこの物語の中で、彼の朗らかさが救いであるのは確か。物語が始まる前に、藤原道綱が癒しになるなんて、予想した人がいただろうか。
倫子とまひろの意中の相手は同じ
今週の赤染衛門先生(鳳稀かなめ)教室。
君や来む我や行かむのいさよひにまきの板戸もささず寝にけり(古今和歌集690番)
(あなたが逢いに来るか、私が行くかと迷う十六夜。結局、寝室の戸を開けたまま寝てしまいました)
これを寝てしまったことにしないと自分がみじめになるから、と解釈したまひろ……自分と重ねているのか。そして彼女を、すこしお話してゆかれません? と引き止めた倫子、先日厳しいことを言ったあとのフォローだ。さすが磨きぬいたコミュニケーション力の持ち主である。でも会話の内容が、お互い意中の相手が同じであることを知らないままの恋バナ。倫子はともかく、まひろは倫子の道長への好意に気づいていると思っていたが、この様子だとそうではないのかも……。
倫子とまひろに合わせて、あははははははは!と笑うしかない、なんとも言い難い場面であった。
乙丸は偉い!
生活のために写本仕事をするまひろ。印刷機も本屋もない時代、写本に需要があることは冒頭の道長と行成の場面でも記されている。
そして家事をするまひろの美しさ……垣間見る道長と見られるまひろが絵巻物のようだが、サッと隠れても百舌彦(本多力)と並んで立たされた小学生のような姿にちょっと笑ってしまった。
乙丸(矢部太郎)の「もういい加減にしてくださいませ!」
ああ、乙丸は以前の直秀と同じく、まひろが道長に弄ばれてると思っているのだ……そりゃ傍から見ればそうだ。ちゃんと通って生活を支えてくれるわけでなし、廃屋にこっそり呼び出して体を重ねるだけ。
いい加減にしろと言った乙丸は偉い。
このまひろは『源氏物語』を書ける
「北の方(正妻)にしてくれるってこと?」
「妾になれってこと?」
まひろだって、本気で北の方になれるなどとは思っていない。相手が道長でなくとも、宣孝とのやり取りでは、その辺りの男相手でさえ嫡妻は無理だが妾にならという話であったのだ。
賢い彼女がわからぬ筈がない。それでなくとも、彼が道長だと知ったときから離れねばならないと心に決めていた。自分を求め続ける道長から離れるには、もうこれしかない。
かぐや姫のように無理難題を提示することだ。
しかし、何がまひろを傷つけたかと言えば、
「北の方がいてもお前が一番だ」
第7話(記事はこちら)で立ち聞きしてしまった「雨夜の品定め」、公任や斉信らの言葉……「しかるべき家の女を嫡妻にして、好きな女のところに通えばいい」と全く同じことを道長が、言ったのだ。上流貴族が下位の貴族の女に、さも良い計らいをしてやっているかのように。
このまひろは『源氏物語』を書きますね。というか書けますね。男の愛も欲望も、身勝手な言葉も社会的なしがらみも、全て知った後なら書ける。
父・兼家のもとに勢いよく走っていった道長、婿入りの話を進めてくれと言うだろうか……。
次週予告。まひろ「お願いしておりません」は宣孝が縁談を持ってきた? どうも道長の婿入り話が進みそう。癒し枠、実資(秋山竜次)も道綱も惟規も出る! 倫子の生涯猫愛宣言。明子(瀧内公美)から道長の名が。道長が御簾越しに「お傍に寄ってよろしゅうございますか」。その相手は倫子なの?
第12話も楽しみですね。